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2009-09-08

裁判員制度 3                  想像力の無い者は愛が無い。

故、三浦綾子さんのエッセイの中に、『想像力の無い者は愛が無い』というのがあった。

どの本に載っていたか覚えていないのでうろ覚えで申し訳ないのだが、病弱な三浦さんの事を、何も言わなくても気遣ってくれる人も居れば、体調が悪いと言っているるのに一方的に家に来たがり「玄関先でいいですから」(北海道の寒い玄関先にずっと居る事は、持病のある三浦さんにとっては非常に危険な事であった)「元気そうじゃないか」と言う人も居る。相手の状況を想像出来るか否か、それは愛があるか無いかである、と言った内容のものであった。

せっかく導入された裁判員制度なのだから、被害者の痛みや苦しみを想像する事の出来る、血の通った公判であって欲しいと思う。


犯罪に関わる事を書いていると心が重くなって来るし、正直、楽しい作業ではない。

ただでさえ読者の少ないオタクブログで、何も裁判の事なんか書かなくたってって思う人も居るだろう。


しかし、「なんかおかしい」って思った事に対してネットを使って発言する事は、政治的な力も何にも持たない個人が出来る、一番簡単な方法だ。


凶悪事件のニュースを見るたびに、自分や家族が無事で生きているのはほんの偶然なんだなあとつくづく思う。

そういう事柄に対して大きな事が出来なくても、素朴な疑問や憤りを言葉にする事は、誰にでも出来る。無関心が一番良くないと思う。


さて、裁判員制度により、従来に比べて判決が厳罰化するのではないか、という声がある。これまでの裁判員参加公判での判決も、従来に比べて重いと言われているが、私はこれは厳罰化の傾向というよりは、今までの判決が被害感情に対して軽すぎた上に、過去の判例に囚われすぎて、事件そのものの凶悪さを見えにくくしていただけだと思っている。


あまりにも軽すぎる判決を見ると、その救いようのなさに寒気がする。

・米兵3人がかりで小学生を輪姦して懲役6年(求刑10年を「同種の事件に比べて重過ぎる」と減刑)。

・小学生を誘拐。10年近く監禁し、懲役14年(地裁では15年求刑)

・アパートに押し入って二人がかりでレイプして、求刑7年に対して懲役5年ちょいと4年ちょい。先日の裁判員参加の性犯罪公判で、弁護士が「懲役5年相当」って言ったのって、こういうのを参考にしているようね。

・結婚を控えた女性が輪姦され事件後自殺。犯人二人は暴行後財布を奪い、過去にも同様の事件を起こしているにも関わらず、求刑9年、判決7年。

・幼児虐待の大半が殺人罪にならず、傷害致死で済まされる現実。これ、大体3年から7年位の判決が多い。中には1年なんてとんでもないのもある。虐待って、拷問じゃん。絶対的に力のある大人が、どうあがいても抵抗出来ない子どもに熱湯かけたりベランダに全裸で放置したり何十分も殴るとか、それも毎日。完全に狂ってる。でもそれを「躾のつもりだった」「死ぬとは思わなかった」と言えば求刑より減刑されるし、救急車呼べば「助けようとした」って減刑されるし、排泄物垂れ流しでベランダ放置でも、時々残り物のおかずやパンくずを目の前に放り投げてりゃ「食事を与えていた」「殺すつもりはなかった」って事で減刑される。

書いているだけで陰鬱になってくる。でもこれが、先進国と言われる日本の現実だ。


こういう判決を下す弁護士や裁判官って、お勉強はそりゃ良く出来るんだろうけど、心のネジがぶっとんでるとしか思えない。量刑を決めるのに、「過去の判例表」を見て、「この時はこうだったから今回もこれ位で」とか、「一人しか死んでないから死刑は重過ぎる」とか「不運な生い立ちだから軽を軽くしてあげて」とか。

まるでネットの保険見積もりだ。

パソコンに必要事項放り込んで、自動的にお見積もり完了! お客様の掛け金と保障はこちらです、 みたいな。


それに日本の刑務所は海外に比べて非常に治安も環境もいい。

服役囚同士の殺人やレイプなんてまず起こらないし、室内は空調が効き、就業訓練も受けられるし医療も受けられる。入院手術費用を出所後請求される事も無く、食事は3食きっちり取れる。


老人刑務所に至っては無料老人ホーム化しており、ここに入りたいが為に、わざわざ犯罪を犯す老人が後を絶たないという。微々たる年金でボロアパートに住み、病院にも行けないような暮らしをするよりずっと快適だからだ。

片や犯罪被害者やその家族は、生き地獄同然の暮らしを強いられる。

手にする被害者給付金は雀の涙で、心身に酷い障害を負っても、その治療費や生活費は全部自腹だ。取調べや公判、通院の度に仕事を休んでクビになってしまったり、性犯罪被害者の場合は婚約破棄や結婚生活の破綻、失恋、将来を悲観して自殺するケースも多い。


それに法廷は、被害者に対して優しくない。

先日の性犯罪裁判で、被害者の別室からの音声が加工されていなかった事について、裁判員が「びっくりした」「音声加工した方がいい」と言っていたけれど、これが血の通った人間の感覚だ。

これまでセカンドレイプ裁判が横行していた現状の中では、「別室陳述出来るように配慮しただろ」って事なのかもしれないが、どこまで無神経なんだろうと思う。声質やイントネーションは、個人特定の大きな材料になるのに。 



裁判員制度を導入した以上、ただやみくもに賛成反対するのではなく、『経験した人の声を集めて、問題点を改善していく事』が大切だと思う。


今朝の新聞には、裁判員参加の公判となった、息子が起こした父への殺人未遂事件について、被害者(被告の父)が、公判後群がる記者に「裁判員と騒ぎすぎ。そっとして欲しい」と言ったと書かれたが、性犯罪事件に関わらず、自分が犯罪被害者である事を知られたくない人も居ると思う。

特に性犯罪事件への裁判員参加には賛否両論あり、被害者や関係者の中でも「一般の人になど絶対に関わって欲しくない」という意見と「是非一般の人に関わってもらって、どんなに被害者が苦しんでいるか知って欲しい」という意見に分かれているようなので、その是非について、法廷でレイプ被害者に「事件前からセックス経験ありますね」なんて事を言うような鬼畜司法関係者だけで決めず、被害者側に、公判時、裁判員の参加を希望するか否か選んでもらえるようにするなど、柔軟に対応してもいいのではなかろうか。

又、被害者やその関係者に、裁判員の参加する公判はどうだったか、アンケートに記入してもらうなどして意見を聞く事も大切だと思う。

自動車学校でさえ、卒業する時にはアンケート用紙が配られるのだ。まさか裁判員や被害者にアンケートも取らず、そのまま「はいさよなら」なんて放り出してりゃしないだろうな?(これ、実際はどうだか知ってる人、居る?)

あと、裁判員の男女比。

裁判員の男女比については混合のクジで選ばれるので、性犯罪事件の裁判員が男性5人女性一人になった事に対して、偏りを問題視する声も上がっている。

裁判員の中にも「性犯罪に関しては、女性は最低でも二人は入った方がいい」「既婚男女半々が望ましい」と言った意見があった。

しかし最終的には、わたしは男女の感覚と言うよりは、個人の価値観や想像力の問題だと思っている。

昔、大阪府知事が選挙カーの中でアルバイトの女子大生にわいせつ行為をした事件で、その行為の最中、ショックのあまり抵抗出来ず、後日訴訟を起こした被害者に対して、複数の女性識者が「何故その時大声で叫ばなかったのか。後から裁判を起こすなんて甘えている」と言った趣旨のコメントを出し、騒ぎになった。

男には性犯罪被害者の気持ちがわからないとか、女だから性犯罪被害者の気持ちがわかる、と言い切る事は出来ない。

又、既婚か未婚かで簡単に判断する事も出来ないだろう。肩書きの立派な既婚男性でも、実は極端な男尊女卑思想者で、職場ではパワハラ上司、家ではDV夫なんてケースは山ほどある。逆に、未婚の若い青年でも、女性に対して紳士的に接する事が出来、被害者の痛みを想像する事の出来る人も居る。


裁判員が決まったら、公判に入る前に、裁判員の無神経な発言で被害者が傷つかないように、「禁句集」を配布して、「セカンドレイプ発言をしません」「被害者を侮辱し、傷つけるような卑劣な質問はしません」と言った誓約書を書かせる位してもいいと思う。といっても、司法関係者自体が「どういう言動で被害者が傷つくか」わかっていなけりゃ意味無がないが。

青森の事件で、自宅で暴行された女性は事件後も経済的理由で引っ越せず、犯人の報復に怯えながら、たった一人でその部屋で毎日を過ごしていたと聞いて、胸のつぶれる思いがした。レイプ被害者を無料で保護し、療養させ、社会復帰の手助けをする専門施設が必要だと思う。

又、補足になるが、強姦などの性暴力の被害者は女性だけでは無い。男性(子どもも含む)に対する性暴力事件も実際にあるのだが、被害者が男性の場合、強姦罪は成立せず、強制わいせつにしかならない。これは日本の刑法では、強姦被害者を女性に限定しているからで、こういった所も改善すべきじゃないかと思う。


元裁判員の方も指摘していたけれど、国は被害者保護にもっともっとお金も知恵も使うべきだ。


今日で、裁判員制度について書くのは一旦終わりにするが、ここまで読んだ方は、私がどうしてここまでこういった事に拘るのか疑問に思ったり、私を極端なフェミニスト、或いは極刑賛成者だと思った人も居るかもしれない。

私は犯罪被害者ではないし、その家族でもない。死刑制度を100%支持しているわけでもないし(死刑廃止には終身刑の導入が不可欠だと思っている。現状のまま死刑だけを廃止するのは、凶悪犯や猟奇殺人鬼を世に放つ事になり、危険すぎる)特別な運動をしている活動家でもない。

ただ、犯罪という、何時誰が巻き込まれてもおかしくない事について、無関心でいちゃいけないんじゃないか、それについて、せっかくブログをしてるんだから、ニュースを見て感じたモヤモヤを、自分自身の言葉で整理することって、大事かもしれないな、と思った、それだけだ。


10代の頃、近所に住む、小学校時代の同級生のお父さんが、ある犯罪に手を染めて逮捕された。

殺人や性犯罪ではないが、自宅に警察官が突入しての逮捕。町内は大騒ぎになったし、全国紙の一面に載った。


同級生は真面目な大人しい子で、秀才だと評判のお兄さんが居た。お母さんも優しい人で、パン屋さんでパートをしていた。ピアノ教室の帰り、パート帰りのおばさんとバスが一緒になると、パート先で貰ったまだ温かいパンを「残ったのは全部捨てるのよ。勿体無いから貰って帰ってるの」と沢山分けてくれた。木造の古い造りの、小さな家に住んでいた。


おばさんも同級生も大人しくて服装も地味だったが、父親だけはいつも高そうな服を着て、超がつく高級外車を乗り回していた。パートに出ていたおばさんや大人しい同級生がその車に乗せて貰っているのは見た事が無かった。

逮捕後、一家は忽然と姿を消した。

暫くして判決が出て、やはり新聞に載った。

懲役5年程度だったと思う。


色んな事件のニュースを見ると、ふと、三浦綾子さんの「想像力の無い者は愛が無い」という言葉が浮かんでくる時がある。そしてそれは必ず、一緒にバスを降りてからおばさんがくれた、袋の中の白くて丸いパンの光景と、セットになっているのだ。


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2009-09-06

裁判員制度 2                    元裁判員の顔出しは必要か。

先の記事を書いて後、新聞に、裁判員制度導入後初の、性犯罪事件の公判に関わった元裁判員の方のインタビューが掲載されていた。

名前も顔も年齢も職業も全て公表されていたので、正直違和感を覚えた。これは、日本で始めての裁判員参加の殺人事件の公判を終えた後、複数の裁判員の会見の様子が、顔を隠すことなくニュースで流れていた時と同じ違和感である。

ご本人の了解の上での事であるが、正直ここまでする必要があったのかな、と今回も疑問に思った。

インタビューに答えるのは構わないし、経験者の意見を聞く事は、今後、この制度をより良くしていく為に必要な事だと思うが、どこの誰が関わったか、という事を公表する事に意味があるのだろうか?

前回も今回も、被告は法廷では反発することなく大人しく流れに従っていたが、内心どうだったかなんて事は誰にもわからない。又、被告側の関係者にしてみれば、その量刑やそうなった事由、裁判中の裁判員の質問内容などについて反感を持つ人も居るかもしれない。

又、被害者側も、「この人が関わっていたのか」と、裁判員の顔等、その素性の詳細を知る事は、そう気分のいいものでは無いと思う。

性犯罪の場合、被害者が特定されないように、事前に候補者名簿を被害者に見せて、知っている名前が無いか確認したり、居住地域が重複する人は選ばないように配慮されるというが、世の中には『顔だけ知っている人』と言うものが存在する。

顔出し会見を見た被害者やその関係者が、自身や親しい人の強姦被害に関わった元裁判員が顔出し名前出しでしその心中を詳細に語っているのを見て、「この人、以前どこかで見た事があるんだけど」「俺この人知ってる。よく通る道沿いの建物で働いてる人だ。あの人が彼女の強姦被害の裁判員してたのか」なんて事がありうるわけだ。

これ、誰に何のメリットがあるんだろうか。

今回顔出し会見した元裁判員の男性は、被害者の痛みに対してとても深い理解を示し、自宅で襲われた被害者が、金銭的な理由ですぐに引っ越せなかった事など、被害者支援の問題点についても言及されていたが、これはたまたまこの人が良識的で優しい人であったというだけで、裁判員に選ばれる人、その後会見に応じる全ての人がこういう人ではない可能性もある。

記者からの質問に対して「時間が長くて面倒だった」「被害者にもやられて仕方無い部分があったと思う」「個人的にはあの判決は重いと思う」等、被害者が傷つく発言が出た場合、非常に強い反感を買うだろう。

今回会見した男性も、被害者への深い理解を示した後で、被告に対して更生して欲しい気持ちや、その境遇を哀れむ気持ちを正直に話して涙を流していたが、こういった事に対しても、関係者の中には「冗談じゃない。何が更生だ」と憤る人も居るだろう。

意見を言うのは自由だし、今後の為にも、裁判員経験者や被害者から裁判についての感想を聞いたり、アンケートを取ったりする事は積極的にしていいと思うが、顔出し名前出しについては、もっと慎重になった方がいいと思う。


裁判では、被告が裁判官や被害者、傍聴人に対して「出たらまたやってやる」と言った暴言を吐くケースもある。又、その場では大人しくしていても、出所してから自分を訴えた被害者を逆恨みして、また襲った事例もある。今はネット社会であるし、マスコミに顔写真が流れるのは全世界に流れるのと変わりない。裁判員経験者やその関係者の安全確保の為、又、被害者や被告、事件関係者に必要以上の精神的プレッシャー(個人特定出来る裁判員経験者への反感や不信感、今後の人間関係への不安等)を与えない為にも、顔写真や氏名等の公表は、避けた方がいいのではないかと思う。


自身の裁判員経験を、守秘義務に触れない事に関してならブログなどで公表したりすることも、制度をより良くするためにはあってもいいのかなとは思うし、この制度が浸透して行けば、そのような人も増えてくるとは思うが、くれぐれも自身の顔出し名前だしには慎重になっていただきたいと思う。


裁判員にとって、自身がその任務を終えればそれは一旦は終わった事になるのかもしれないし、一つの経験として残るだけだろう。

だが被害者も被告もその関係者も、事件を生涯背負って生きる。それは裁判員が負う守秘義務や、裁判員としての経験よりも、比べ物にならない位、重く険しい人生なのだから。


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2009-09-05

裁判員制度 1                  ストップ。セカンドレイプ裁判。                 

今日はかなり重い題材について書く。

おちゃらけたこのブログには似つかわしくないとは思うが、やはり書こうと思う。

4日。裁判員制度が導入されてから初めての性犯罪事件についての判決が出た。求刑15年に対して減刑無しの15年。正直ホッとした。何故なら被害に遭った女性が二人とも勇気を振り絞って意見陳述し、「出来るだけ長く刑務所に入って欲しい」「報道されて辛いが、自分がどんなに酷い目に遭ったかを、判って欲しくて勇気を出して来ました」と述べていたからで、にも拘らず弁護側は「5年相当が妥当」「被告は両親が離婚して(不運な生い立ちである)」等と言っており、これで少しでも減刑されたら被害者は全く救われないという思いがしていたからだ。

反省していると口にしていたのだから、被告は控訴などせず、大人しく受け入れるべきである。被害者は精神的にも深いダメージを負っており、被害の性格上、これからの恋愛や結婚にも事件が甚大な影響を与える事は必至。生涯苦しみを背負って生きていかねばならないのだから、毎日ご飯が食べられて、病気になれば税金で治して貰える、そんな刑務所生活を送れる被告の状況は、被害者のこれからの人生の苦しみに比べれば、全然マシだと私は思っている。

裁判員参加の第一回目の殺人事件の公判では、求刑16年に対して15年の判決で、「重い」という法曹関係者の意見があったが、そういう感覚こそ市民感覚とはかけ離れている。判決は求刑の八掛けが妥当、なんて、下らない慣例があるようだが、そんな内輪の馴れ合いがまかり通っていた事自体がおかしいのだ。


もう何年も前の事だが、NHKの特集番組で、神奈川県警の女性警察官達の性犯罪への取り組みを見た事がある。その中で、被害に遭った女性達が匿名でのインタビューに応じていたのだが、被害の凄惨さは勿論の事、被害を警察に訴えた後の警察関係者や法曹関係者達のセカンドレイプの酷さと横暴さ、裁判の過酷さがあまりにも悲惨で、未だによく覚えているし、衝撃が強すぎて忘れられない。

帰宅途中、二人組の男に襲われた女性(犯人は未逮捕)は、暴行を受けた後、3時間近く悩むも勇気を出してボロボロの状態で交番に行ったものの、対応した警察官から酷い扱いを受けた。

「何で抵抗しないんだ。バタンと地面に真っ直ぐねっころがればいいんだ。そうすりゃ相手は出来ないだろう」

(ショックできちんと証言できないで居ると)「あなた、(強姦されたって)嘘をついているんじゃないの」

信じられないだろうが、これは警察官が被害直後の被害者に放った言葉である。「一体どこに、真夜中に(傷だらけで)交番に行って、強姦されましたなんて嘘をつく人が居るんでしょうか。強姦された時、もう、結婚とか、子どもが二人位居て、とか、そういう、将来、人生全て否定されたって言うか。死のうと思ったけど、出来なくて」と泣いていた。更に彼女は、近隣地域で類似事件が起こった時に再度証言を取りたいと言われたものの、事件のショックが酷いので躊躇した所、「その年齢なら元々処女じゃないんだろうから、一回やられた位いいじゃないか」と警察官から捨て台詞を吐かれたと言う。


犯人が捕まり裁判に持ち込んだ別の被害者は、「法廷では、プライバシーも何も無い」とした上で、証言台には顔丸出しで立たされ(当時は別室からの意見陳述は無かった)、傍聴人が沢山居る(性犯罪マニアの傍聴人と言うのも居るのが現実である)前で名前も住所も読み上げられ、挙句の果てに

「事件当時付き合っていた人は居るか」

「その人とセックスしていたか」

と言った酷いセクハラ質問をされたと言う。何でも、被害者がセックス経験者だと、「処女が被害に遭うよりはマシ」、被害者の年齢が上がれば上がる程、「若い人が被害に遭うよりはマシ」といった空気があるとか! 別の被害者は「被害者がセックス経験があろうが、たとえお婆さんだろうが、強姦されていいなんて事は無いし、被害者の心の傷は同じだ」と言っており、当然だと思った。


他にも、
「あなたに隙があったからやられたんだ」←被害者を更に傷つけ自責の念に追い込む暴言である。

「派手な服装をしていたから(或いは露出の多い格好をしていたから)狙われたんだ」←「派手な服装の女性よりも、なるべく地味で大人しそうな女性の方が抵抗され難いと思って狙った」「派手な女性は狙わない。バックに怖い彼氏が居たりするので」と言う犯罪者側の証言もあり、アテにならない。何を着るかは個人の自由である。

「暴行されている時感じていたのか」←発言そのものがレイプ。

と言った信じられない暴言が、取調室や公判で警察官や弁護士から放たれる事もあるという。


性犯罪については泣き寝入りする被害者が圧倒的に多い。自らの性犯罪被害を実名告白し、『性犯罪被害にあうということ』という著書もある小林美佳さんによると、小林さんの元に連絡があった被害者1000人のうち、警察に届けた人が10名で、そのうち裁判にまで持ち込めた人はわずか3名だという。また、事件後精神を病んだり自殺に追い込まれるケースもあるそうだ。被害の深刻さもあるが、同時にその後のセカンドレイプがいかに被害者を追い詰め、その尊厳を踏みにじっているかがよくわかる。訴えた所で本来味方であるはずの警察官から侮辱を受け、更に取調べでは、容赦なく「どこをどう触られたのか」と言ったことまで追求され、裁判となると被告や見知らぬ傍聴人の前で顔も名前も晒されて(現在は、裁判所の裁量によっては考慮される場合もある)、セックス経験まで質問され、挙句の果てにせいぜい被告の懲役は2,3年程度となると、被害届自体を出せなかったり、泣く泣く告訴を取り下げて示談に応じる人が多いのもわかる気がする。



さて、そんな現状の中での今回の裁判員参加の公判。女性裁判員がたった一人である事に対する懸念や、性犯罪事件は裁判員参加の対象外にすべきだとか議論はあったが、今までの『セカンドレイプ裁判』と言ってもいいような裁判に比べれば、かなり被害者保護には配慮されていた方ではないかと思った。何故なら『一般人の目がある』事を、関係者は意識せざるを得なかったろうからだ。


裁判員が参加する初の性犯罪の公判。法律に関しては素人の一般人が裁判員として参加し、各方面の識者も傍聴し、マスコミが注目する公判で、被害女性の氏名を晒したり別室での意見陳述を許可せず証言台に立たせたりすれば反発を買う。又弁護側も、そんな中で「貴方にも隙があったのではないか」「セックス経験はありますか」「何故もっと抵抗しなかったんですか」等と、従来のように『被害者の落ち度(この言い方も物凄く腹が立つが)』を追求し、被害者を追い詰めて被告の減刑に持っていくやり方を取るわけにはいかないので、被告の祖母に証言させて涙を誘わせてみたり、両親の離婚による不幸な生い立ちと言う点をアピール(要旨を読んだが、親が離婚したイコール不幸で犯罪に走ったという弁解の仕方は、他の片親家庭に対して物凄く失礼だと思う)して情状面での訴えに方向を変えたとも読み取れる。

医者が死体に慣れる様に、警察官や法曹関係者は事件に対する慣れから、無意識に被害者を傷つけたり、被告の弁護=何が何でも減刑嘆願、みたいな事になってしまう傾向が、無いとは言えないのではないか。今回の公判では、「ここまで詳細に暴行内容を語る必要があるのか」と言った批判もあったが、後の会見で、裁判員だった方が「今回審理を聞いている中で、こんなにもひどい現実があるのだとショックを受けました。今日の量刑を考える上で、今までの事件の例を教えてくれたが、これが現実の世界なんだとショックが大きかったです」と述べられていたように、性犯罪がいかに凄惨極まりないものなのか、又、それと向き合っていかねばならない被害者の想像を絶する苦しみを、多くの人が知るきっかけになったのは事実だと思う。


ただこれは今回の事件のこの公判に限ってという事で、今後被告側が控訴して長引けば、その際裁判員は参加しないので、もしかしたら被害者に対するセカンドレイプが法廷で行われるかもしれないし、減刑される可能性もゼロではない。又、今後も各地で行われるであろう公判で、同じように被害者に対する配慮がなされるという保障はどこにも無い。関係者は今回の公判内容や、被害者の訴え、裁判員の意見に真摯に耳を傾け、セカンドレイプ裁判の撲滅に取り組むべきであるし、特に弁護側も、被害者を精神的に追い詰めるような『被害者側の落ち度の追求』やセクハラ発言(これらは今回は無かったが)、今回のような『被告の生い立ち同情作戦』等で減刑ばかりに拘る事はせず、冤罪を防ぐ事と、犯した罪と向かい合わせて反省の念を呼び起こす事に尽力すべきだと思う。

性犯罪はただでさえ刑期が軽い。「人を無理やり性欲処理の道具にしていい理由」などというものは存在しないのだから、被害者が警察や裁判所で更に傷つけられる事等決してあってはならないのだ。

私は今回の公判の詳細を読んで、事件のあまりの凄惨さと救いの無さに寒気がした。事件当時の被害者の恐怖と屈辱と無念さ、これからの彼女達の人生の過酷さを思って言葉を失った。だからこそ、被害者がこれだけ注目されている公判で肉声で証言した事に対して頭の下がる思いがした。二人とも精神不安に悩まされ、周囲の人に知られる事を恐れ、それでも必死で生きる為に職場に通い、仕事をし、自活しているのだ。一人の女性は事件後、10日間仕事を休んだという。恐怖の極みを味わって、人生を破壊されて、たった10日休んだだけ。生きる為、食べていく為にだ。中国新聞に、被害者の意見陳述の要旨がある。個人特定されるリスク、報道によるセカンドレイプの恐怖、フラッシュバックとの戦い。それらを押しての勇気ある、人生をかけた陳述である。是非読んでいただきたい。

http://www.chugoku-np.co.jp/NewsPack/CN2009090301000804_Detail.html


次は、今回の公判や裁判員制度についての改善点や配慮すべき点などについて書こうと思う。

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