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2010-07-27

トイストーリー3。

トイストーリー3。3D字幕版を観てきました。

トイストーリー3


吹き替え版をしている所が殆どな上、字幕版は上映時間もあまり選択肢が無く焦りましたが何とか(笑)


いやー。

素晴らしかった!!


映画に限らず、小説でも何でもシリーズ物の場合、パート2やパート3がパート1を超える事は殆ど無く、逆に作れば作るほどつまらなくなるものですが、このシリーズはどれもクオリティが高く、優劣なんてつけられない。
3作全てが高いクオリティで、それぞれ違った面白さがあるなんて、滅多に無い事です。

さて、このトイストーリー3。カウボーイ人形ウッディ達の持ち主であるアンディが、大学入学のために家を離れる所からスタートします。


一番思い入れのあるウッディは引越し先に連れて行き、他のおもちゃ達は実家の屋根裏に保管しておいてもらおうとするアンディですが、ちょっとした手違いで、みんなだけでなくウッディまでもが、保育園に寄付されてしまい。。。というお話。

今回も、「可愛い顔してるけど、中身はモンスター」なクマの人形や、バービーの運命の恋人ドール「ケン」等、個性的なニューキャラクターが登場し、お話を盛り上げます。

もんすたー。
いちごの香りのモンスター・ロッツォ


典型的チャラ男(笑)ケン。



この作品が人気なのは、脚本や美術はじめ、大人の鑑賞に十分堪えられるだけのクオリティの高さと、登場する「おもちゃ」全ての存在とそれぞれのエピソードが、「かつて子どもだった」大人達の心に深く染み入るからでしょう。今現在この映画が観られる環境にある大人で、おもちゃで遊んだ事の無い人は多分。。あまり。。。居ないと思うので。。。(内戦地域や第三世界で子ども時代を過ごした人は、大型店で売っているようなおもちゃの存在自体知らないという、辛い現実もありますよね。。。)甘く切ない「思い出」にやられてしまうんでしょうね。


又、美術スタッフの仕事の丁寧さは今回もいわずもがなで、おもちゃはどんな風に傷んでいくものなのか、ぬいぐるみの質感は、等、実際に家にある古いおもちゃを皆で持ち寄って、皺の付き方や汚れの付き方まで徹底的に検証したり、バービー人形の腕の曲がり方等も細かく研究し、作画に生かしたとか。保育園から逃げ出そうとするウッディが、清掃中のトイレに忍び込むシーンがあるのですが、そのトイレの個室の仕切りの上に、うっすらと埃がかぶっていたりと、短いシーンの一瞬の背景にまで一切手を抜かず、ファンタジーの中のリアリティを徹底的に追求する姿勢はさすがです。


これでもか、これでもかというまさかの展開が続き、何とか無事に家にたどり着くウッディ達ですが、そこでお話が終わりかと思いきや、最後の最後に感動的な「最後のまさか」があり、これがこの作品を忘れられない名作にしたとも言えるでしょう。


私はウッディ役のトム・ハンクスはじめ、主要キャラの声はやはり英語版オリジナルが一番好き。上映館が少ないですし、「子どもと吹き替え版を観て、またわざわざ字幕版だけ観るなんて。。。」と思うお父さんお母さんもいらっしゃるかもしれませんが、やはりキャラクターの声やイントネーションが作り出す全体の雰囲気は言葉によって全然違うので、タイミングが合うならば是非字幕版での鑑賞をお勧めします。

勿論人気キャラ、「エイリアン」も健在。

エイリアン
woooooo!!


何度でも観たくなる映画です。



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2010-07-21

映画 告白。

映画「告白」を観て来ました。

映画 告白


上手い人ばかり出ていたし、脚本も素晴らしい。怖かったし面白かったです。



あの色んな意味でおっそろしい小説を、どう映画にするんだろうと思ったけれど、原作の持つカラーを壊すことなく、でも独立した映像作品としてきっちりと仕上げた監督の手腕はさすが。


主演の松たか子さんは、監督が「映画化するなら是非この役は松さんに」とラブコールし、松さんのオッケーが出てから脚本を書き始めたとか。淡々とした演技が余計に凄みをかもし出していて、特にラストシーンの表情は見事。


しかしこれR15指定。かなり衝撃的ではありますが、誰の心にも、それぞれの登場人物の持つ「狂気」はあるものではないか、誰しもそれぞれの登場人物のような状況にはなりうるのではないか、と思わせるのがまた怖いです。


ハリウッドでリメイクの話も出ているとか。

ある意味ホラー映画よりずっと怖い。幽霊よりも生きている人間のほうがずっと怖いと思いませんか?


なーんてね(笑)←(観た人にはわかる台詞)


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2010-06-27

アントワネットがブスだったら世界の歴史は変わっていただろうか。

ソフィアコッポラ監督 マリーアントワネット。

マリーアントワネット
マリー役はキルスティンダンスト。


カンヌではブーイングだったこの映画ですが、映像は大変美しく、極彩色でガーリーな青春映画といった感じです。史実云々よりも、14歳で政略結婚させられた1人の少女の軌跡を飾ることなく描き出したこの視点は、評価されていいと思いますし、女性は共感しやすいのではないでしょうか。

主演のキルスティンダンストは大変しっかりした芝居の出来る女優で、この映画のマリーも、時系列そのままにきっちり画面の中で少女から大人の女へと年をとっていくので、前作でも彼女と組んだソフィアコッポラが、彼女にこの役をして欲しかった理由はわからなくもありません。

実際彼女の演技は素晴らしく、アントワネットの無邪気さ、優しさ、素直さ、可愛らしさ、そして哀しさを見事に体現していました。



しかし、この映画がいまいち評価されなかった理由の大半は、ヒロインのビジュアルにあると思います。

アントワネットに関しては、「美しい人だった」というのが全世界共通のイメージです。


アントワネット

当時は写真が無いので、肖像画でしか彼女の姿を知る事は出来ません。

アントワネットに限らず、王族や貴族の肖像画に関しては、実物より数割増し美形に描くのが当たり前だったとか、気に入るまで描き直させられて、仕上がった時には全く別人のようになってしまう事もあったなんて話もあるので、アントワネットが本当に肖像画そのままの容姿であったかどうかは定かではありません。

しかし、6歳のモーツァルトが7歳のアントワネットに「大きくなったらお嫁さんにしてあげる」と言ったエピソードがあるように、少女の頃から華やいだ容姿だったのは確かなようで、地味なビジュアルのキルスティンが演じるには無理があったような気がします。台詞の中にも度々、アントワネットに対する「美しい」という言葉が出てくるのですが、まずそこに共感できないのです。実在した人物で、ビジュアルイメージがはっきりと確立されてしまっている人の場合、あまりにもかけ離れた容姿の人が演じると、観客はまずそこに違和感を感じてしまうのでお話に入り込み難いのです。

マリア。


又、この映画では半分以上の時間をアントワネットと皇太子とのセックスレスのエピソードに費やしていて、なかなか身ごもることが出来ないアントワネットの苦悩も描かれていますが、オタクで冴えない皇太子と、地味な容姿のアントワネットが陰気に食事をしているシーンなど見ると、「そりゃ仕方ないかも」と思えてきてしまいますし、アントワネットが着飾れば着飾るほど、滑稽さと物悲しさが増してきます。

フェルゼンとの出会いにしても、女たらしでハンサムな彼が、仮面舞踏会で何故アントワネットに惹かれたのかがわからなくなりますし。。。


あと残念なのが、バルコニーで暴徒達にお辞儀をするシーンです。

怒り狂った民衆達がベルサイユに押しかけ、「王妃を出せ!」と口々に叫び、それに対してアントワネットが、殺されるかもしれないのに、自らバルコニーに出て行って、お辞儀をし、そのあまりの威厳ある姿に民衆達が静まり返るという有名なエピソードの一場面ですが、最初は子ども達と震え上がっていたアントワネットが、どう決心して、どういうやり取りがあってバルコニーに1人で出ようとし、周りもそれを許可したのかが描かれていません。(池田理代子さんの漫画ではきっちり描かれています)。


ここは、アントワネットの絶対的な美しさと威厳がなければ成立しないシーンで、髪ぼさぼさのキルスティンが出て行っても説得力がありません。


アントワネットの悲劇は、彼女が美しく生まれてしまった時から既に始まっていたのかもしれません。

母親の女帝、マリアテレジア自身美しい女性で、子ども達を次々と政略結婚させますが、後にマリーアントワネットとなるマリア・アントーニアは母親に似ず、勉強する事よりも芸術的な事に対する興味が強く、性格も無邪気で、お世辞にも政治向きの女性とは言えなかったようです。

マリアが冴えない容姿で地味な性格の女の子だったなら、母親ももっと熱心に勉強を勧めたでしょうし、フランス王室に嫁いでからも、寂しさを紛らわす為にファッションや賭博に現を抜かすこともなかったでしょう。アントワネットが冴えない容姿だったなら、たとえ次から次へとドレスを新調たり新しいヘアスタイルを考案したところで、ブサイクな王妃の真似など誰もしたがらなかった筈ですし、アントワネット自身、着飾ることには何の喜びも見出せなかったでしょう。フェルゼンとも恋仲になんてなりようも無かった筈です。


激動の時代の波に飲み込まれてしまったとはいえ、彼女が美しくなければ、そして賢明な女性であったならば、運命はもう少し彼女に優しかったかもしれません。


ですから主人公のアントワネットが美しい人である、というのは、映像化するにあたって絶対に無視してはいけない事柄なのであり、演じる女優が美貌の人でない点で、この映画は8割方コケたも同然。役者の演技力や映像美が非常にハイクオリティであるにも拘らず、それほど評価されなかったのは当然ともいえるでしょう。また、フランスの話なのに皆が英語を話している、というのもおかしな話で、(マリアの結婚が予定より遅れた理由の一つに、彼女のフランス語の取得の問題もあった)そういった所をわざとかたまたまか知りませんがハズしてしまった所も、理解されにくかった要因かもしれません。



ただこの映画、本当のベルサイユ宮殿で撮影していますし、沢山出てくるスイーツやドレスのキュートさはため息モノ。(どさくさ紛れにコンバースまで出てくる)甘いものが食べたくなる映画です。

スイーツタワー。



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2010-06-09

永遠の美少年。

ハムスターのmumuですが、まだまだ元気です。

心配でたまりませんが、毎日泣きながら最後の時を待つかのような過ごし方は本意ではないし本人も望んで居ないと思うので、気持ちを切り替えて、ブログも普通に再開させていただきます。


。。。。。。。。。。


昨日、何となく手持ち無沙汰な時間がぽっかり出来て、でもmumuを置いて外出する気にもなれず、持っていながらゆっくり観ていなかった、「ベニスに死す」のDVDを観ました。


ベニスに死す
1971年。ヴィスコンティ監督。


舞台は1911年のベネツィア。そこを一人訪れた初老の音楽家、グスタフが、一家でリゾートに来ていた少年タッジオのあまりの美しさに魅せられてしまい、付回すようにして彼の姿を追い、しかし一言の言葉を交わす事さえないまま、最後には街に蔓延していたコレラに侵され、海辺でタッジオの姿を目に焼き付けたまま息絶えるというお話です。


トーマス・マンの小説を元に映画化されたものですが、巨匠ヴィスコンティの映像美と並んで、グスタフを虜にする美少年、タッジオ役のビヨルン・アンドレセンの神がかり的な美貌も話題となり、もはや伝説となっている映画です。

タージオ
タッジオ役のビヨルン・アンドレセン。


高い評価を得ている映画ですが、所謂「面白い映画」ではありません。

刺激的でテンポの早いハリウッド映画に慣れている頭だと、風景画を眺めているかのようなスローテンポなカメラワークや、哲学的な台詞などは退屈だと感じるでしょうし、ストーリー自体も単純です。3DだデジタルだSFXだと、刺激的なエンタメ映画と比べれば、たった40年ほど前の作品とはいえ、もはや古典と言ってもいいかもしれません。

でもそれは言い換えれば、撮影技術の進歩と共に、何か大切なものを置き忘れてきてしまったとも言えるでしょう。

今の映画界で、もう一度同じ原作で、これを超える映画を撮れと言われて撮れる監督も演じれる俳優も居ないと思います。


絵画のように美しい映画ですが、タッジオに魅せられる音楽家(小説では作家)グスタフの描写はどこまでもリアルで気味悪くさえあります。

かつては美しい妻と愛らしい娘と共に、音楽家として幸せに暮らしていたグスタフですが、家族を失い、音楽家としての評価も下がり、一人寂しく旅をしています。

格別ハンサムでもない初老の男が、孫程年の離れた美貌の少年タッジオに一目惚れし、一家を付回す様はあまりにも痛々しい。何一つアクションを起こすでもなく、遠目に彼の姿を見てはため息をつき、一人悶え、闇に向かって「愛してる」とつぶやくシーンではあまりの気持ち悪さに鳥肌が立ってしまいました。


レビューなど見ても絶賛する人が多い一方で、「気持ちが悪い」「理解できない」と言った評価もあるのですが、しかしこのグスタフは「気持ち悪くて正解」なのかもしれないな、と思いました。

後半、グスタフは訪れた理髪店で髪を染められ、顔には白粉を塗られ、口元には紅をさされ(男性へのこうした化粧が、当時一般的だったのかは知りませんが)、「若くなった」と言われまんざらでもない様子で一張羅のスーツ姿で浜へ向かいます。

ベンチに腰掛け、海辺のタッジオを見つめたまま、コレラに侵されていた彼は息を引き取るのですが、暑さで顔の白粉は剥げ落ち、溶けたヘアカラーがこ洒落た帽子の間から、黒い筋になって額を滴り落ちるのです。

タッジオの美しさをはじめとし、全編を通してため息の出るような映像美の中で、グスタフの描写だけが、あまりにも生々しく醜いのです。

若さと老い。

美しさと醜さ。

美しい少年タッジオもまた、グスタフと同じ、男と言う性である事実。

グスタフとタッジオの間には、高い高い壁があり、二人の存在は全てにおいて正反対ともいえる。恋の対象としてはあまりにも絶望的で、だからこそグスタフは悶え苦しむ。

それを雰囲気だけの耽美さにまとめず、真正面からリアルに描ききったヴィスコンティは、やはり凄い監督だと思うのです。

この映画を撮影した時はおじいちゃんでしたが、若い頃はヴィスコンティも美しい人でしたし、バイセクシャルであることを公表していました。

そんな彼がこの原作に心惹かれたのは当然の事でしょう。美少年タッジオに惹かれると同時に、若き日の自分の姿を重ねてさえいたのかもしれません。


ヴィスコンティ
若かりし日のヴィスコンティ。



さて、このタッジオ役で一躍有名になったビヨルン・アンドレセンですが、その後沢山の映画出演のオファーがあったにも関わらず、さっさと普通の学生に戻り、一切表舞台に立つことはありませんでした。後のインタビューで、「この映画に出る事で、後に自分の身に起こる事を知っていたら、決して引き受けなかっただろう」と答えているように、彼自身は美の化身としてもてはやされる事には何の価値も見出せなかったのでしょう。

まだ16歳であったにも関わらず、バイセクシャルであるヴィスコンティにゲイクラブに連れて行かれたり、その美貌ゆえ「迷惑した事」も相当あったようで、多感な少年には耐えられなかったのでしょう。元々音楽に興味があった彼はひっそりと音楽活動を続け、結婚、離婚、復縁を経て、今は奥様とお嬢様と共に、ストックホルムに住んでいます。(年を取ってからマスコミのインタビューに答えたりしていたようで、2004年には映画出演もしているようです)。


ビヨルン2


ビヨルンの「その後」の容姿の変貌振りを嘆く声もありますが、元々美少年と言う存在自体が賞味期限の短いケーキのようなもの。ましてや彼自身が「美少年タッジオを演じたビヨルンアンドレセン」という商品である事から「降りた」のですし、ヴィスコンティという、映像の魔術師のような巨匠が最高のアングルで撮った「タッジオ」と、ずっと芸能界から離れていた中年男性のインタビュー記事の写真を比べる事自体がナンセンスでしょう。



タッジオ役を最後にスクリーンの上から消えた少年は、だからこそ、永遠になりえた。演じた俳優の人生はずっと続いても、美少年タッジオの時間は永遠に止まっているのです。

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2010-04-24

アリスが大きくなったなら。

ぽっかり時間が出来て、レディースデー1000円なので、ティムバートンとジョニーデップの強力タッグ! との触れ込みの『アリス・イン・ワンダーランド』を観た。3D料金加算で1300円也。

アリス


感想。


ここからはネタバレの上酷評なので、読みたくない人はどうかご退出を。クレームは一切受け付けませんので(笑)





エンドロールが終わって思ったこと。








「今日がレディースデーで良かった」


正規料金1800円プラス3D300円。2100円払ってたり家族で来てたらまっすぐ歩けなかったかも。それくらい大人の鑑賞には堪えない出来。ジョニーデップとティムバートンという『売り』と美術の美しさ以外、注目すべき点はありません。吹き替えもありますしテンポが速く画が綺麗なので、子どもはそれなりに楽しめると思いますが、何せ値段と出来が釣り合わないので、ショックを受けないように。


ストーリーは、映画用のオリジナルで、「不思議の国のアリス」の13年後の物語。19歳になったアリスのお話です。

子ども時代の冒険はもう忘れていて、良く見る『夢』だと思っている彼女ですが、全く魅力を感じない貴族の男性にプロポーズされている時、服を着たウサギが現れて、彼に返事をしないままワンダーランドに導かれます。そこは極悪な『赤の女王』に支配されている状態。アリスは『預言の書』に記されているこの国の救世主で、赤の女王側の怪物ジャバウォックと戦って勝ち、赤の女王の妹であり善である『白の女王』にもう一度国を治めてもらうべく戦う戦士としてなんちゃらかんちゃら。。。。

最終的には『預言の書』の通り、アリスは見事ヴォーバルの剣でジャバウォックを倒し、王冠を白の女王の為に取り戻します。そして元の時代に戻り、プロポーズを断り、亡き父親の事業を引き継ぐべく、会社の権利を買い取った叔父(プロポーズを断った男性の父親)の元で働く決心をし、「これからは中国との貿易だ」と、船に乗り込むシーンで映画は終わります。


不思議の国に迷い込んで、「あなたこそ預言にある戦士」って。。。『ナルニア国物語』みたい。


クライマックスの戦いのシーンは鏡の国のアリスにある『ジャバウォックの詩』からなんだろうけど、知らない人が見てもわけがわからんでしょう。


非常にお金のかかっている作品で本当に画は綺麗なのですが、登場人物の背景がおざなりにされたままストーリーが進んでしまうので、何とも消化不良な仕上がりになってしまっています。途中、ほんの少しだけ『子ども時代のアリス』が不思議の国で芋虫と話したり、女王に命令されて薔薇の色を塗り替えさせられたりするシーンが出て来るのですが、ここはもうため息が出るくらい素敵です。何で原作をそのまま映画化しなかったのかな。。きっと素晴らしい出来になったと思うんですが。



元々のキャロルのお話は言葉遊びがふんだんに盛り込まれた詩的なもので、よくよく読んでみればアリスも相当大変な目に遭っちゃってるんだけど、大真面目に何かと戦うというよりは、万華鏡の中に迷い込んじゃったような、「極彩色の美しいとっ散らかり方」が魅力だと思うんですよね。

ですからティムバートンのカラーには非常に合う筈なんですが、どういうわけかとんでもなく大真面目なストーリーで、だけど突っ込みどころ満載という最悪な結果になってしまいました。


レビューなど読むと、当然ながらかなり好き嫌いの分かれる結果となっているようで、「バートンなのに」「ジョニデなのに」なんて意見もありますが、映画はたった一人では作れないですし、最終的にはビジネスであり、制約上の色々もあり、大勢の人間が関わる共同作業であり。。。なので、監督ばかりを責めても仕方無いでしょう。ご本人が「これが作りたい!」と言って作るのと、「バートンとジョニデで何か。。。アリスならどうですか」と請われて請け負うのとでは違うでしょうし。(後者なのかな?)


是非次回は『不思議の国のアリス』『鏡の国のアリス』をあの子役ちゃんで映像化して欲しいです。(すぐ大きくなっちゃうかあ。。。残念)




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