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2013-01-04

つかれたどくしょのじかん。

みさきあき図書館のお正月休み前は、普段より多く借りられるから借りたんですが。ふはー! 失敗したかも~。。。

石田衣良、唯川恵、佐藤江梨子共著の「トロワ」

トロワ。

売れっ子作詞家の響樹と、彼を売れっ子に育て上げた年上の恋人であり、カリスマエステティシャンの季理子。そして、響樹に見いだされ、スターへとのし上がっていく歌手志望の女の子、エリカ。響樹とエリカはやがて愛し合うようになり、季理子は二人の関係に気付きつつ。。。という、大人な恋愛ドラマです。


この三人を、響樹→石田衣良 季理子→唯川恵 エリカ→佐藤江梨子 がそれぞれ担当し、順繰りにそれぞれが語り手となって物語が進んでいく、という手法。響樹(石田)→エリカ(佐藤)→季理子(唯川)の順に、何周かしていきます。

佐藤江梨子ってのはタレントのサトエリです。

この方は読書好きなようで、文芸雑誌でも対談したりしてるし、書きたい書きたいとアピールしていたので、まあ、短編書くとか、そういうのは普通に流れとしてあると思うんですが、よりによって直木賞作家と連作するかってのが、読む前の正直な感想です。

まあ、それを出す側もわかっているから、書く順番も、石田→佐藤→唯川ってなってるんでしょうけど。

石田さんの流れるように洗練された文章で始まり、サトエリがそれを幼稚で下品な文章で台無しにし、唯川さんがそれを力づくで元の洗練された世界へ戻して石田さんにバトンタッチし、またそれをサトエリがぶち壊し。。の繰り返しです。

あまりにエリカの章だけへたくそ過ぎるし何より文章に品が無いので嫌気がさしてしまい、「エリカ」の章は1つ読んだら我慢の限界。2周目からは飛ばして「響樹」「季理子」の章だけ読みました。

結果、何の問題もないどころか、石田、唯川両氏の、ため息の出るような大人で洗練された文章が際立ち、大変いい小説として読むことが出来ました。

私は書き手のキャリアや肩書で小説の内容を判断はしません。

そんな事言って居たら、新人作家のデビュー作なんて読めないじゃん。

山田詠美さん然り、嶽本野ばらちゃん然り、恩田陸さん然り。みんな一作目を発表する前の肩書は「素人」。だから、サトエリがタレントだからといって、偏見持つ理由はありません。

ただ、まがりなりにも小説好きを公言し、文章を書いて、お金を貰う以上、それなりの仕事しろって話です。

登場人物3人がそれぞれ語る手法の小説で、一人だけ異様に下手くそだとか、下品だとか、そういうのって読んでいて非常に不快で気持ちが悪い。最近は文芸誌も本も売れないというし、話題作りの一環もあるんでしょうが、酷過ぎる。

これと同じ不快感を感じた本に、以前にも取り上げた「食堂かたつむり」があります。「エリカ」の章を読んでいて感じる違和感と不快感はあれとそっくりなんですね。下手以前に、下品。どんなに登場人物がビッチでも(エリカは、石田さんの設定ではビッチではないのだけど、サトエリが書くと途端にビッチになるのだ)、書く人に技量と品性と、文章に対する真摯さがあれば下品にはなりません。だって、山田詠美さんや岩井志麻子さんの書く小説は、どんなに設定がヘビーでも下品じゃないでしょ?

これがサトエリ単体での小説なら別にそれはそれでありなんだろうけども、よりによって、石田、唯川、といった大御所と並べるのは酷過ぎると思う。まるまる「エリカ」の章をすっ飛ばして読んでもきちんとストーリーがつながるって(笑)どんだけ力量に差があるんだか。読者に失礼。それこそ、この小説にあるように、銀座の高級クラブで「センセイ~、あたし、小説書きたいんだあ。石田センセイ大好きなのお」「いいよいいよ、書かせてあげよう」なんてやり取りでもあったんかいと勘ぐっちゃうような下品さがあるわー。あー気持ち悪い。

これから読む方には、「響樹」「季理子」の章だけ読むことをお勧めします。「エリカ」の章は読まなくてもなんら問題ありませんし、飛ばしたらすごく素敵な小説として完成しています。

っていうか。

これ、エリカの章は、村山由佳さんに書いてほしかった!!

石田衣良、村山由佳、唯川恵、どうよこの直木賞並び! 村山さんなら、若く美しいエリカの心の揺れや恋愛を、凄く素敵に書いてくれたろうに。。

あー残念。

で、次はこれ、三崎亜記さんの「失われた町」

失われた町。

小説すばる新人賞でデビューされて以来、バンバン書いてる印象の作家さん。

上手いんでしょうね。

ごめんなさい。私には読みにくくて仕方ない(爆)

各章で語り手というか、変わっていくんか? これは。

ある章で、ずっと一人の女性について書かれたところがあるんだけど、描写が「Aさんはこうした」なんですね。(作中ではAではなくちゃんと個人名があります。なんだったか忘れたし読み直すのしんどいからすみません)だけど、別の誰かがAさんについて語ってるんじゃないんですよ。あくまでも主体がAさんなわけ。こんな文章って初めて読んだ。

普通は、例えばリカ、という主人公が居て、その人の主観で書くってのがありますよね? 回想なりなんなりで。
で、リカから見たAさん像として
「Aさんはこうした」「Aさんはこう思ったのだろう」と言う書き方が一つ。この場合、Aという人物に「さん」がつくのはおかしくない。

別のパターンとしては、書き手がそのAさんが主体の物語を書く場合
「Aはこうした」「Aはこう思った、なぜなら」みたいな書き方。この場合、Aは呼び捨てになります。

あとは、A本人が語る場合で、その時は「私はこうした」「俺はこう思う」みたいになりますね。


でもこの作家さんは違うのね。

主人公の語り、でもない。作者がAという人物について書くのに、「Aさんはこうした」「Aさんはこう思った」って、全部、「さん」がついてるんだわ。

まるまる一章分これで、すんごい違和感で脳ミソが疲れた。

あと、一応主人公になるのか、茜っていう女の子の違和感ある他人へのタメ口。

「~だよね」みたいな。

非常識とかそういんじゃなくて、アルミホイル噛んでるような(ギャーッ!!)気持ち悪さ。何故あえてここでその言葉使いするか? みたいな。あー! 今書いていてすとんと落ちた、あれだ、ほら、中年の、つまんない先生が、クラスの子ども達にに受けようとして無理にタメ口したり、略語使ったりするような違和感! それだ!(だから何なんだか)

そんな風で遅々として進まない。まだ半分もいってないけどすんごい疲労感。

設定自体は面白いし、文章はうまいしサトエリの文章みたいな下品さは無いから、決して不快ではないんですけどね。お話の先自体は気になるから最後まで読みたいとは思うんですが。直木賞候補にもなった作品で、文句なしに上手い作家さんなんだろうけど。。好みの問題ですね。完全に。

あーまた頭の中の読書箱の文章設定をリセットしないといけないわあ。

ペロー童話集とか。澁澤訳の。(完全にリセット本としての地位を確立←こういう読み方もどうかと思うが)

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2012-09-17

荒野のまま終わってしまった。。

毎日楽しみに読んでいた新聞小説が突然終わってしまった。

桐野夏生さんの『だから荒野』。

家事が苦手で特技も無し。ゴルフ三昧で浮気も平気な夫や大きな息子二人にも顎で使われている主婦、明美が、自身の誕生日のディナーの席でまで家族からバカにされ、ブチ切れてそのまんま家出する物語。


途中で車を盗まれたり、助けてくれた長崎の老人の家に居候させてもらうも、その老人自身が人に騙されているようでもあり。。旦那は旦那でゴルフの会で赤っ恥。高校生の二男は後を追って長崎に来るも、また反抗的な態度を取るし、とうとう老人の姪が現れて家を追い出され。。

さあ、どうする明美!?

物語はますます佳境へ!!

しかし!!


終了!!

えええええええっ!!!!

普通は1年間続くのに。。。


紙袋持った姿で家を追い出された明美が老人にお礼の言葉を脳内でつぶやいて終わり。。

うっそー!!

「完」の文字を何度も読み返してしまった。


で、翌日から別の作家さんの連載が始まった。。

どう考えてもおかしい。話の膨らみ具合からして元は1年連載する予定だったはずだし、何より筆力のある桐野さん自身が、こんな終わり方納得していないと思う。打ち切りとしか考えられない。

評判はすごく良かったみたいだからクレームや不人気が原因ではない筈。だとしたら健康上の理由か何かかな。。。

新聞小説の連載なんかになると、数年前からオファーがあって。。。みたいなことを某作家さんがコメントしていたことがあったから、桐野さんも相応の準備はしていたはず。だからこそ、来年の1月から連載予定だった次の作家さんも、冒頭部分はもう準備が出来ていたんだろうけど(ってほんまかいな。。ちょっとやっつけな感じの始まり方なのよね。。桐野さんの方が良かった)。。


桐野さん、オサレ主婦向け月刊誌『VERY』にも、『ハピネス』っていう、これまた読まずにいられない小説を連載しているのだけれどこっちは大丈夫なんだろうか? これが載ってるから、毎月VERY読んでるのに。(立読みだけど。。だってあの雑誌重いし高いし小説以外あんまり興味ないし←こら)


いつか加筆して単行本にしてほしい。ほんと残念。寂しい。。。


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2011-10-11

寓話でリセット。

江國香織さんの『間宮兄弟』を読みました。が、疲れました。


眠くて眠くて、何度も放り出しそうになりながら何とか読破。ただひたすら疲れた。江國作品を読んで疲れたのなんて初めてです。

プロの作家が上手いのは当たり前ですが、この人は作家としてはもう天才的巧さと卓越したセンスの持ち主で、この作品も当然ながら巧いです。物凄く巧い。

でも私には、珍しくすとんと落ちなかったです。

イケてない男二人のお話、というと、長嶋有さんの『ジャージの2人』が思い出されたんですが、あれは面白かったです。

多分この『間宮兄弟』は、著者の育ちの良さが裏目に出た気がする。『ジャージの2人』の長嶋有さんは、「トホホ感」を物凄く巧く書ける作家さんの一人なんだけども、江國さんには「トホホ感」をずばり書くのは多分無理なんじゃないかと。それは恐らく、江國さん自身が「トホホな気分」や「トホホな環境」とはほぼ無縁に生きてきた人だからでは、と思う。


書けないものは多分無い人だけど、何書いてもセンス良くなってしまう人だけに。

ヘタレ男2人のお話をセンス良く書かれたところで、なんか、風情ある「食堂」に入ったら、どんぶり鉢に入ったフランス料理アラカルトをどんと出され、割り箸ではなくクリストフルのナイフとフォークが添えられてました、みたいな。

食べることは可能だし味も素晴らしいんだけどどっかヘン、みたいな。

疲れたなあ。

さて、私はこんな気分の時には、頭の中の活字ボックスをリセットします。


方法は、「クラシカルな童話、寓話を読む」。

ということでこちら。



長靴をはいた猫

シャルル・ペロー作、渋澤龍彦訳の童話集『長靴をはいた猫』

なんだお伽噺か、と侮るなかれ、片山健さんの挿絵もなかなか残酷でエロティックでよござんす。

タイトル作品のほか、赤ずきんもおばあさんも食べられておしまいの『赤ずきん』。眠り姫を助けに来た王子様のお母さんは人食い鬼で。。。という『眠れる森の美女』等々、お子ちゃまにはなかなかにショッキングな結末のお話もいくつか。お伽噺の世界は夢物語ばかりではないですよ。。。と、絶対にディズニー映画にはならないであろう素晴らしいお話9編が、美しい日本語で綴られています。

これ、画像は河出文庫の文庫版のものですが、私は小学生のころ、大和書房から出ていた単行本の方を持っていました。

こんな単行本を欲しがる小学生はあんまり居なかったと思いますが(笑)どっかのブックフェア、みたいなのに行った時、欲しいって言って買ってもらった。しっかりしたビニールのカバーがついていて、字も絵も大きくて、「お伽噺を読んでいる気分」を存分に味わえて楽しかったのを覚えています。


他に小学生当時よく読んだのが、トールキンの小品集(これも同じ日に買ってもらった)やゾラの居酒屋(!)とか。「居酒屋」に関しては家に腐るほど本があったので、手当たり次第読んだらそうなった。続編の「ナナ」も良かったです。「居酒屋」の主人公ジェルベーズの娘、ナナ、のお話で。。。。コールガールとか、そういう類のお仕事をしたりする。感想文の宿題で出すと先生困ってたみたいですが、おかまいなしにどんどん読んでました。

本屋に積んである「推薦図書」って数時間で読めてしまう上につまんないのが多くて(爆)図書室にある子供向けの江戸川乱歩とか全部読んじゃって、それ話したら同級生が、お父さんの書斎にあったっていう、乱歩の「屋根裏の散歩者」貸してくれたりしたっけ。「乱歩の分厚いのがあるよ」って。今思えばかなり豪華な装丁の本で、あんなの持ち出して大丈夫だったのかしらん。


読書に関してはかなり早熟な脳みそしてたと思います。

 
同じ本なのに、読む年齢によって全く違った感慨を味わえるのも、読書の愉しみですね。




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2010-10-19

かっぱえびせんスパイラル本。

危ないっていうのはわかっていました。読んだら最後、あっちの世界にどっぷり心をさらわれてしまい、当分帰ってこられなくなるってことは。


「やめられない止まらないかっぱえびせん」というフレーズがありましたが、正にそうなんですよね。これ!

トーマの心臓

萩尾望都さんの代表作の一つ、トーマの心臓。


もう発表されてから30年以上経つのに、これは何度読んでも脳天も心も直撃されてしまいます。じわじわ浸食されていく感じ。非常に深く重いテーマですし、恐らく読み手が年齢を重ねるほどに感慨深くなるお話かもしれません。


元は週刊少女コミックへの連載で、当時は評判が芳しくなく、編集部からは何度も打ち切りの話が出たとのこと。しかし『ポーの一族』の大ヒットにより、棚ボタ的にこれも注目され、何とか33回の連載が続けられたという、今では信じられないエピソードですね。確かにこれ、単行本だと一気に引き込まれてしまうのですが、週刊誌のページ数でぶつ切りになると、途中から読んだりしたらいまいちよくわかんないかもしれない。読み手が幼いと尚更。


トーマの心臓コミックス


さて、この本がどう危険かというと、一度読んでしまうと心をかっさらわれてしまうだけでなく、何度も何度も読みたくなって、ちょっとだけ、と思って適当にページを開いたら最後、やめられない(笑)ストーリーもさることながら、本当に絵が美しくて、登場人物が美しくて。



そして、その症状が少しおさまると、「関連作品」も読まずに居られなくなり、ページを開いてしまう。


まずこれ。「トーマの心臓」で、主人公ユーリを支えていく「同級生だけど年齢はひとつ上」のオスカーが、ギムナジウムに来る前のお話、『訪問者』

訪問者。


オスカーは、「トーマ」では大変クールなお兄さんキャラとして描かれていますが、この『訪問者』では、幼少期からギムナジウムに来るまでの壮絶な物語の中で、泣いたり怒ったり笑ったり、非常に子どもらしい描写がなされています。お父さんがお母さんを殺してしまい放浪の旅に出るのですが、彼は父親をかばって警察に偽証するのです。しかも、その「父親」は本当の父ではない。。。


そしてこれを読んだらやはり「トーマ」に戻ってしまい、次に読んでしまうのがエーリクとユーリの続編でもある「湖畔にて・エーリク14と半分の年の夏」


これは漫画ではなく、美しいイラスト詩集風の物語で、文庫版やコミックスには入っていません。元々は「ストロベリーフィールズ」という本に収録されたもので、後、「萩尾望都パーフェクトセレクション」というのが出たときに、「トーマの心臓」の2巻目に「付録」という形でついてきました。これはねえ、折り目がつかないようにそーっと読むんですよね。毎回(笑)


ストロベリーフィールズ。
絵物語や対談など、充実の一冊。


とーまの心臓2
本編、訪問者、11月のギムナジウムが入ったトーマ関連一気読み本(笑)「湖畔にて」は付録になっています。


ボーデンで、血のつながらない父と過ごすエーリクの夏休みのお話。ずっと心に残るユーリへの想いや、亡くなってしまった母、マリエへの想い。訪ねてきたオスカーとのやりとりが描かれている、美しいお話です。

で、最後にこれですね。短編『11月のギムナジウム』


ギムナジウム。

これについては、発表時期が「トーマの心臓」より先だったために「トーマのもとになったお話」と誤解されて居る方もまだまだ多いようなんですが、違います。

元々「トーマの心臓」は、萩尾望都さんが売れっ子になる前に、一人こつこつと書いていた作品で、そんな折、短編のお仕事が来て、書いていたトーマを原型として、この「11月のギムナジウム」を発表されたとのこと。

ですからこれは、キャラがかぶっては居るけれど、「トーマの心臓をベースに書かれた、まったく別のお話」という事になります。

これについては「パーフェクトセレクション2」の中で、わざわざ作者本人からの「11月のギムナジウムを読む前に」という解説のようなものが収録されています。


さて、少女コミックの連載は1年続かなかった『トーマの心臓』。


本来なら1年2年と長きに渡っての連載のはずだったようで、萩尾さん自身はもっと登場人物を深く描き切りたかったようで。。。。いやー。読みたかったですね。こんな素晴らしい作品が、1年続かなかったなんて。思うに、この方の感性はあまりに凄すぎて、「進みすぎている」んだと思います。人間の「成育歴」による心のトラウマ等をテーマにしたもの、信仰をベースにしたものというのは、当時はまだ新しすぎたのかもしれません。また、本当ならばギムナジウムには制服は無いのですが、あえて制服有の設定にし、これが一層登場人物の魅力を際立たせる材料になっている。絵も非常にスタイリッシュで、ストーリーも設定も絵も、今読んでも全く古さを感じさせません。



ふう。


かっぱえびせんトーマ祭り(笑)


しかしまあ何度も読んでやっと症状が落ち着いてきたら、今度はつい、ええ、ついつい『ポーの一族』を手に取ってしまい、またかっぱえびせんスパイラルに。。。。!!


これについては、また後日。



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2010-10-04

トーマの心臓。

萩尾望都さん著の名作。トーマの心臓。

トーマの心臓

少女漫画、と言い切ってしまう事など到底出来ない素晴らしい作品です。


舞台はドイツの全寮制ギムナジウム(男子校)。皆のアイドル的存在だった美しい生徒、トーマ・ヴェルナーが、陸橋から投身自殺をするショッキングなシーンから物語は始まります。

。。。。。。。。。。


ユリスモールへ さいごに


これがぼくの愛


これがぼくの心臓の音


きみにはわかっているはず


。。。。。。。。。



トーマが想いを寄せ、死の直前に遺書を送っていた優等生、ユリスモール(ユーリ)。ほどなくして転入してきた、トーマと瓜二つの少年エーリク。そして、死んでしまったトーマからの告白と、誰にも言えない忌まわしい過去の出来事に苛まれるユーリをそっと支えようとするオスカー。


同性愛的な表現も含まれて居ますが、今流行りの安っぽいボーイズ・ラブ等とは全く異なるこの作品は、文学作品として評価されていいでしょう。


少年たちの心の奥底にある密やかな憧れや不安。画の美しさもさる事ながら、人間描写の奥深さには感嘆するばかりです。


特に物語の中心人物である、ユーリ、オスカー、エーリク、それぞれが人知れず深い悲しみを抱え、悩み、苦しみながらも、やがて人生に微かな光を見出していく様子には、胸が熱くなります。



神からの試練というには、あまりにも辛い苦しみを乗り越え、最後、ユーリはボンの神学校へと旅立ちます。


それを見送るオスカーとエーリク。


別れ際、エーリクから「トーマも読んだんだ」と贈られた本をユーリは車内で開きます。

そしてページの間に、生前トーマが書いた自分宛ての、出される事の無かった詩(恋文)を見つけます。


トーマの生前、彼の気持ちに気付き、自分もトーマに惹かれながらも、その想いを人前では拒絶し続けていたユーリですが、最後には、その手紙を大切に読んだのではないか、と思わせる描写で終わっています。



こういうしっとりとした、「読ませる」漫画はいいですね。子どもにはわかりにくいかもしれませんが、読み手が年齢を重ねるごとに、新しい発見のある物語だと思います。


萩尾望都さんといえば、『ポーの一族』も有名で、これも何度も何度も読みました。

ポーの一族


この『トーマの心臓』や『ポーの一族』はじめ、萩尾望都さんの作品には、聖書の言葉や信仰に根ざす精神世界が描かれる事が多く、これは池田理代子さんの作品とも通じるものがあります。物語の舞台がドイツ等外国のお話なので、必然的に、というのもあるでしょうが。。。ギムナジウムでは、聖書の朗読の時間、なんてのもありますし。


しかしそれを、単なる「設定」としてでなく、ここまで深く掘り下げて描き切る力量は本当に素晴らしい。ユーリが神学校に行こうと決心する所も必然としか言いようがなく、複雑な人間模様や、それぞれの心の動きが破たん無く描かれています。



『トーマの心臓』のラストはハッピーエンドではなく、「救い」なのだと思います。


他の作品も読み返してみたくなりました。





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