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2012-06-16

幸せを壊したくなかった人。

今朝の新聞に、オウム真理教菊池直子容疑者のご両親のコメントが載っていました。

その隣に、高橋容疑者逮捕に関しての、ご遺族の方の会見の記事もありました。菊池容疑者が出頭しなかった理由について、「幸せを壊したくなかった」と供述していることに触れ、「私だって同じだった。加害者がそういうことを言うのは本当に身勝手」と声を震わせた、と書かれていました。

以下は菊池容疑者のご両親のコメントです。


。。。。。。。。。

娘、直子が多くの皆様に大変なご迷惑をおかけしました。長く逃げていて社会に不安を与えました。
親として、被害者・遺族の方々に、深く深くおわび申し上げます。

私どもなりに、直子をオウム真理教と引き離そうとしてきましたが果たせず、1990年の出家後は全く連絡が取れず、このようなこととなってしまい、親としての力の無さに愕然(がくぜん)とするばかりです。

 娘直子へ。あの時、直子の気持ちを分かってやれず、ごめんなさい。
あの時は、何をどうしたら良いか分からなかった。直子、生きていてくれて、本当にありがとう。ぐっすりと眠って、疲れを取って下さい。

 今日、高橋克也も逮捕されたと聞きました。

 直子、オウム真理教は理想郷を作れず、作りませんでした。もう分かっていると思います。
オウム真理教はとてもひどいことをしました。直子、ご遺族や友人はもう殺された人に会えないんです。
被害者は生きていたかったんです。直子はそのオウム真理教の一員だったんです。どうか、事実を直視していってください。

 直子、あなたに会いたい気持ちで一杯です。皆さまには申し訳ないことですが、娘に会いたい気持ちであることをどうかお許しください。

 ここに改めて皆様に深くおわびし、また直子に伝えます。


。。。。。。。。


このコメントに対し、気の毒だ、とか、親心に涙する、という方もいらっしゃるでしょうが、私は物凄い違和感を感じました。やっぱりこの親子は似ているなと思う。物凄く身勝手。

被害者へのお詫びの文言もあるし、本人への叱責の言葉もありますが、自分達が本人と連絡が取れず苦しんできた、愕然としたときっちり「私たちも辛かった」とアピール。

挙句の果てに

「娘直子へ。あの時、直子の気持ちを分かってやれず、ごめんなさい」

「あの時は、何をどうしたら良いか分からなかった」
「直子、生きていてくれて、本当にありがとう」
「ぐっすりと眠って、疲れを取って下さい」
「直子、あなたに会いたい気持ちで一杯です」
「皆さまには申し訳ないことですが、娘に会いたい気持ちであることをどうかお許しください」


。。。。あきれた口がふさがらないとはこの事。謝罪の言葉より、面会なり手紙なり、個人的に気持ちを伝えることは可能な娘に対しての言葉や言い訳の方がずっと多いんですね。親心はわかりますが、これって、今の時点で世間に向けて出すコメントじゃないでしょう。

生きていてくれてありがとうとか、ぐっすり眠って疲れをとってとか。。。

何の疲れを取るんでしょうか?

逃亡生活を選んだのは自分でしょう。それも男と暮らし、保険証を偽造し、働いて収入を得、ウエディングドレス着て写真を撮り、好きに生きて、何が疲れたんでしょうか。オウムの菊池だから結婚できないって、当たり前でしょう。悲恋でもなんでもありません。 

ぐっすり眠って?

こんな状況でぐっすり眠れ? 被害者やご遺族に、日々懺悔し、しっかり罪と向き合いなさいというのが先でしょう。ご家族を亡くし、今も悲しみの中にあるご遺族。未だ酷い後遺障害に苦しみ、ぐっすり眠れない被害者や、介護に追われるご家族。そして、苦しんで亡くなって行った多くの被害者の方々。

被害者やご遺族が読んだら怒りでいっぱいになると思いますよ。

情にほだされず冷静に読んでみればわかること。謝罪の言葉は最初と最後の2行のみ。あとは全部言い訳と娘への言葉です。

「現実を直視して」「親としての力の無さに愕然」「被害者は生きていたかった」等といった言葉で巧妙にカモフラージュされていますが、要は「直子ごめんね、パパとママを許して。あなたが生きていて本当に良かった、ゆっくり休んでね」という娘あての手紙であって、社会全体に対するコメントや謝罪文と言ったものではありません。

この親にしてこの子あり。

あれだけの犯罪に加担し、指名手配されながらも20年近く「幸せを壊したくなかった」と逃亡し続けるメンタリティや、拘束されたのち、教団や男たちに翻弄されたかわいそうな女をアピールする狡猾さと、なんら変わりは無いと思います。

親がわが子をかわいいと思うのは当たり前。
私も親として、ご両親の気持ちはよくわかります。

しかしそれは親のエゴ。

わが子が犯罪者となってしまい、被害者、ご遺族という存在がある以上、こんな非常識な親バカコメントを全国に向けて出すものではありません。

わが子への愛情や親バカぶりって家庭内だけで通用するものであって、それを見せつけられる他人にとっては、辟易する場合が殆どですから。






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2012-06-09

ショースターと昭和の話。

車のCMの音楽で、「ビューティビューティ~ビューティペア~」と歌っているのがある。

私と同世代の人なら知っているだろう。昔人気のあった女子プロレスラーのユニットで「ビューティーペア」という二人組が居て、その人たちが歌っていた歌のフレーズである。

私は当時小学生で、特に興味は無かったのだが、動画サイトで当時の様子を見てみるに、ものすごく人気があった事が伺える。で、ビューティーペア繋がりで「クラッシュギャルズ」「尾崎魔弓」「キューティー鈴木」「ダンプ松本」なんかの動画を見て、「プロレスはショーである」という、今さらながらの結論に行きつくのである。

(ちなみに、「マッハ文朱」も検索してみたのだが、リアル世代ではないしルックスが昭和過ぎて、琴線には触れなかった。)


ショーである、という表現には賛否、あるとは思う。試合は命がけであるし、実際、試合の怪我が元で命を落とす選手も居る。厳しい下積みを経てリングに上がり、タイトルを獲ってスターと呼ばれるには血の滲むような努力だけでなくスター性や運という物も必要で、女性が生きていくにはとんでもなく厳し過ぎる世界であるという事は誰の目にも明らかだろう。

だが、私個人は子どもの頃から、プロレスの試合をテレビで目にしたりする度に、「これは技をかけ合い見せ合うショーである」と認識していた。(ただこれは、レビューやアーティストのライブのようなショーとは質が違うものである。)


一つは、その試合体系にある。

柔道やボクシングやレスリング等の格闘技の場合、技を掛け合うだけでなく、必ず「それをかけられないように防御する」という動作も含まれる。

必殺技をかけられないよう、強烈なパンチを受けないように相手の挙動を伺い、駆け引きすることもまたテクニックの一つであり、技をかけられてしまうこと=失敗、であるとも言える。

だがプロレスには「防御」という動きは無いように(私には)見える。

キューティー鈴木と尾崎魔弓がペアを組み、なんとかという二人組(名前忘れた)を試合している動画を見た。尾崎キューティーペアは美形だし、見るからに「女」だ。ロングヘアに派手なスカートみたいな衣装で、対するペアは明らかにルックスは劣るし意地悪そうなキャラ(という設定)である。この「相手とのキャラ設定のわかりやすすぎる対比」もまた、プロレスのエンターテイメント性、ショー的要素に拍車をかけている。(それが売りにもなるわけだが)


最初は1対1でリングに入り、ペアを組んでいる相手はロープの外に残る。

「おらあ~っ」という掛け声とともに、キューティーは体をつかまれてリングサイドのロープに突き飛ばされる。

すると彼女は自分の足でロープに向かって走っていき、方向転換し、勢いよく背中からロープにぶつかると、体をバウンドさせてわざわざ相手に向かって走っていき、真正面から強烈な一撃をくらうのだ。

これは誰のどの試合でもある、いわば鉄板技である。

ロープに向かって突き飛ばされたからといって、わざわざ何で自分で走って行って向きを変えて背中でロープを受けてまた走って行って殴られに行くのか、子どもの頃は凄く不思議だった。腕を掴まれたら、何故抵抗しない?振りほどこうとしたり、頭突きしたり相手を殴ればいいのに。

なんて思っていると、今度はキューティーが両足を掴まれている。

ここでもキューティーは抵抗しない。苦しそうな顔をしてされるがままだ。

相手は掴んだ両足を肩に乗せ立ち上がり、ぐるぐると回転する。観客を煽り、「1~2~」と、キューティーが振り回される度に大合唱である。

体を捩じるなり腹筋を使って上体を持ち上げて抵抗するなり出来そうなもんであるが、やはりキューティーは抵抗しない。何回も何回も振り回されて、放り投げられ、フラフラになっているところにまた技をかけられる。外で見てる尾崎は「キューティーっ」と手を差し伸べて交代しようとするが、今一歩のところで手が届かず交代できないのだ。

どうこのわかりやすさ。そしてエンターテイメント性。


これはほんの一例であり、誰のどの試合も、こんな感じで進行していく。ずっと昔のジャイアント馬場とかアントニオ猪木なんかの試合でもそうだというか、プロレスってそういうもんなんだろう。

ひたすら技をかけあい、見せ合う。そこには技をかけられないように逃げる、避ける、抵抗する、という選択肢は無い。めちゃくちゃやっているように見えて実はきっちり「今はこっちが攻める番」「次はこっちが攻める番」と秩序だって試合は進められており、ひたすら技をかけにかけ、あえてそれを受けに受けて、先にダウンした方が負け。でも負けても「見せ場を多く作った方が人気が出る」という不思議。これがプロレスが他の格闘技と異なる部分であり特殊性である。

そしてそのわかりやすいショー要素の上に、更にエンターテイメント性が加えられたはしりになったのがビューティーペアじゃなかろうか。

リングの上で、女が男と同じことをしていてもインパクトには欠ける。
女がこんな凄いスポーツをするのか、というだけではファンは増やせない。

試合前にリングで歌を歌ったり、派手なコスチュームを着たり、まるで子供向けの「戦闘もの」のように、正義の味方対悪役、みたいなキャラ設定をすることで、そのショー要素には更に磨きがかかり、ファンが増えていく構造。女性とは思えない体力と根性。しかし女性が憧れるような美しさやカッコよさを併せ持ったスター選手と言う存在と、その美しくてかっこいいスターが、悪役キャラに徹底的に痛めつけられる、という、テレビ的要素。

別にプロレスファンでもなく、そんなにテレビは見なかった私でさえ、「ビューティビューティー」のフレーズで、ビューティーペアだけでなく、「昭和の女子プロレススターたち」を思い出す位だから、やはり当時の彼女達が火をつけた女子プロ人気、その露出は凄いものだったんだろう。

命がけのショースター、女子プロレスラー。

尊敬に値する存在だと思う。



そしてビューティーペア外伝。。。。。。。。

小学校5年だか6年だかの時、夏休みの自由研究で、小説を書いてきたS君という男子が居た。

(うちのクラスでは、毎日自由勉強というものもあり、その時も、小説を書くのもありだった)

少年野球のチームの話で、ビューティーペアーズ、というチーム名。いつも騒いでいる男子のTが、「すげえ!Sって小説書いてきたぞ」「ビューティーペアだぞ」とか言って騒いだため、S君が先生に提出する前にみんな小説の設定だけは知っているというおかしな状況で朝の会が始まった。

朝の会で先生が一人一人の宿題をチェックし、(確か自由研究は、やった内容を別途紙に書いて提出するようになっていた)「S君は野球の小説書いたんですか。何というチームですか」と聞いたのだが、立ち上がったS君はみんなに注目されて恥ずかしかったのかなかなか言おうとせず、離れた席でTが小声で「ビューティビューティー」と歌っていたのが印象的だった。

ちなみにTは大手企業の社長の一人息子で、家に遊びに行ったとき、あまりに広すぎてトイレに行った私は迷ってしまったほどである。広い子供部屋は学習スペース、ベッドスペース、遊びスペースの3つのブースに分けられていて、裏庭には4畳半ほどの広さの檻が二つあって、犬が一頭ずつ飼われていた。片方は賢くて片方はバカで、バカな方は家族が3日間不在だったとき、置いておいた餌を一日で食べてしまったらしく、帰ってきたらお腹がパンパンな上に小屋がうん○まみれになっていた、と、Tが大声で話していた。

ああ昭和。

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2012-06-02

キャラクター大図鑑。

子どもの運動会というのは、保護者がみんなストーカーと化す日である。

ビデオやカメラ、携帯なんかを構えてわが子を追いかける(笑)

「今度のリレーはあそこがスタートだからここでスタンバイしていれば良く見えるかしら」とか「ダンスの時にはちょこちょこ移動するからここがいいかしら」なんてみんな必死である。

こういう時、チビは不便なようで実は便利だったりする。

いい観覧ポジションというのは沢山の人が群がるからチビには一見不利なのだが、「下」が開いているので容易に隙間に滑り込むことが出来るのだ。

「下」というのは、正に人垣の「下」である。みんなわが子を見ようと必死で背伸びするし、ビデオやカメラを構えた状態で腕を上げるから、混んでいるように見えても実は人と人の間の胸元から下の部分は結構な隙間が空いているのだ。

さささっと潜り込んでもぶつかりもしないし、気づかれもしない。しかも見晴らし良好である。


子どもの出番じゃないときはキャラクター観察である。



ストーカー作業の移動中に出会った友達の○子ちゃんが、「あの人ホストみたいだね」と教えてくれた。○子ちゃんも観察体質なのだ。

色白で茶髪ロン毛のパパさんで、デニム姿もチャラい。しかし20代ではなく微妙に老けているのがまた「らしい」のだ。決して歌舞伎町の売れっ子ではなく、東大阪あたりの。。。。

○子ちゃんと別れてからも、わが子をストーカーしながら時々観察をしていた。授業参観とは違い、運動会は時間も長いし、わが子を追っかけまくって移動してるしお弁当食べたりカメラ撮ったりと、「誰もがより日常がクローズアップされる動き」というのをしているから面白いのだ。

「あの家族内では婆さんが一番強そうだ」とか、「海の生きもの図鑑で見たことがある」とか「秋葉に居そう」とか「どや顔してるけどパンツ汚れてそう」とか。朝顔の観察日記なんかよりずっと、毎日ネタには事欠かないであろう充実ぶり。さすが数百家族が集まっているだけあり、見応えたっぷりのキャラクター大図鑑である。

。。。。。。。

ヨシヱ(65歳)は初孫優太(小2)の運動会に夫の重三(67歳)とやってきた。

ヨシヱの家から息子夫婦の家までは車で約1時間半。前日に来て泊まれば、と息子の和也(37歳)は言ってくれていたが、今週に入ってから急に来客が入ったからと断ってきた。きっと嫁の文香(40歳)が文句を言ったのだろう。文香はいつもこうだ。しかも今日の弁当ときたら。ハンバーグもスパゲティも何もかも、殆どが冷凍食品じゃないか。こんなことなら自分が作ってくれば良かったとヨシヱはため息をついた。


だがせっかくの孫の運動会。不機嫌な顔は禁物だ。優太に持ってきたお菓子を差し出す。自作のマドレーヌだ。昨夜わざわざ焼いた自信作で、息子の和也も子どもの頃から大好物だ。だが優太はいらない、と首を振る。尚も勧めると文香が「喉が渇くから今はいいわよねえ」と言った。和也の方を見ると「俺も腹いっぱいで今はいいわ」と言う。全く、息子は結婚したら嫁に取られたと思え、とはよく言ったものだ。優太もだんだん嫁に似てきたように思う。終わったらさっさと帰ろう。ヨシヱが重三の方を向きやると、重三はいつもの観察癖が出たのか遠くをじいっと見つめている。。。』

。。。。。。。。。

というストーリーが、大きなクーラーボックス担いでえっちらおっちら砂ぼこりの舞う校庭の端っこを歩いている不機嫌そうな老夫婦を見て浮かんだりします。


わが子の成長ぶりに感動したが、観察もなかなかであった。


学校行事で私のように一人黙ってキャラクター観察をする人は居ないのだろうか。







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