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2010-06-09

永遠の美少年。

ハムスターのmumuですが、まだまだ元気です。

心配でたまりませんが、毎日泣きながら最後の時を待つかのような過ごし方は本意ではないし本人も望んで居ないと思うので、気持ちを切り替えて、ブログも普通に再開させていただきます。


。。。。。。。。。。


昨日、何となく手持ち無沙汰な時間がぽっかり出来て、でもmumuを置いて外出する気にもなれず、持っていながらゆっくり観ていなかった、「ベニスに死す」のDVDを観ました。


ベニスに死す
1971年。ヴィスコンティ監督。


舞台は1911年のベネツィア。そこを一人訪れた初老の音楽家、グスタフが、一家でリゾートに来ていた少年タッジオのあまりの美しさに魅せられてしまい、付回すようにして彼の姿を追い、しかし一言の言葉を交わす事さえないまま、最後には街に蔓延していたコレラに侵され、海辺でタッジオの姿を目に焼き付けたまま息絶えるというお話です。


トーマス・マンの小説を元に映画化されたものですが、巨匠ヴィスコンティの映像美と並んで、グスタフを虜にする美少年、タッジオ役のビヨルン・アンドレセンの神がかり的な美貌も話題となり、もはや伝説となっている映画です。

タージオ
タッジオ役のビヨルン・アンドレセン。


高い評価を得ている映画ですが、所謂「面白い映画」ではありません。

刺激的でテンポの早いハリウッド映画に慣れている頭だと、風景画を眺めているかのようなスローテンポなカメラワークや、哲学的な台詞などは退屈だと感じるでしょうし、ストーリー自体も単純です。3DだデジタルだSFXだと、刺激的なエンタメ映画と比べれば、たった40年ほど前の作品とはいえ、もはや古典と言ってもいいかもしれません。

でもそれは言い換えれば、撮影技術の進歩と共に、何か大切なものを置き忘れてきてしまったとも言えるでしょう。

今の映画界で、もう一度同じ原作で、これを超える映画を撮れと言われて撮れる監督も演じれる俳優も居ないと思います。


絵画のように美しい映画ですが、タッジオに魅せられる音楽家(小説では作家)グスタフの描写はどこまでもリアルで気味悪くさえあります。

かつては美しい妻と愛らしい娘と共に、音楽家として幸せに暮らしていたグスタフですが、家族を失い、音楽家としての評価も下がり、一人寂しく旅をしています。

格別ハンサムでもない初老の男が、孫程年の離れた美貌の少年タッジオに一目惚れし、一家を付回す様はあまりにも痛々しい。何一つアクションを起こすでもなく、遠目に彼の姿を見てはため息をつき、一人悶え、闇に向かって「愛してる」とつぶやくシーンではあまりの気持ち悪さに鳥肌が立ってしまいました。


レビューなど見ても絶賛する人が多い一方で、「気持ちが悪い」「理解できない」と言った評価もあるのですが、しかしこのグスタフは「気持ち悪くて正解」なのかもしれないな、と思いました。

後半、グスタフは訪れた理髪店で髪を染められ、顔には白粉を塗られ、口元には紅をさされ(男性へのこうした化粧が、当時一般的だったのかは知りませんが)、「若くなった」と言われまんざらでもない様子で一張羅のスーツ姿で浜へ向かいます。

ベンチに腰掛け、海辺のタッジオを見つめたまま、コレラに侵されていた彼は息を引き取るのですが、暑さで顔の白粉は剥げ落ち、溶けたヘアカラーがこ洒落た帽子の間から、黒い筋になって額を滴り落ちるのです。

タッジオの美しさをはじめとし、全編を通してため息の出るような映像美の中で、グスタフの描写だけが、あまりにも生々しく醜いのです。

若さと老い。

美しさと醜さ。

美しい少年タッジオもまた、グスタフと同じ、男と言う性である事実。

グスタフとタッジオの間には、高い高い壁があり、二人の存在は全てにおいて正反対ともいえる。恋の対象としてはあまりにも絶望的で、だからこそグスタフは悶え苦しむ。

それを雰囲気だけの耽美さにまとめず、真正面からリアルに描ききったヴィスコンティは、やはり凄い監督だと思うのです。

この映画を撮影した時はおじいちゃんでしたが、若い頃はヴィスコンティも美しい人でしたし、バイセクシャルであることを公表していました。

そんな彼がこの原作に心惹かれたのは当然の事でしょう。美少年タッジオに惹かれると同時に、若き日の自分の姿を重ねてさえいたのかもしれません。


ヴィスコンティ
若かりし日のヴィスコンティ。



さて、このタッジオ役で一躍有名になったビヨルン・アンドレセンですが、その後沢山の映画出演のオファーがあったにも関わらず、さっさと普通の学生に戻り、一切表舞台に立つことはありませんでした。後のインタビューで、「この映画に出る事で、後に自分の身に起こる事を知っていたら、決して引き受けなかっただろう」と答えているように、彼自身は美の化身としてもてはやされる事には何の価値も見出せなかったのでしょう。

まだ16歳であったにも関わらず、バイセクシャルであるヴィスコンティにゲイクラブに連れて行かれたり、その美貌ゆえ「迷惑した事」も相当あったようで、多感な少年には耐えられなかったのでしょう。元々音楽に興味があった彼はひっそりと音楽活動を続け、結婚、離婚、復縁を経て、今は奥様とお嬢様と共に、ストックホルムに住んでいます。(年を取ってからマスコミのインタビューに答えたりしていたようで、2004年には映画出演もしているようです)。


ビヨルン2


ビヨルンの「その後」の容姿の変貌振りを嘆く声もありますが、元々美少年と言う存在自体が賞味期限の短いケーキのようなもの。ましてや彼自身が「美少年タッジオを演じたビヨルンアンドレセン」という商品である事から「降りた」のですし、ヴィスコンティという、映像の魔術師のような巨匠が最高のアングルで撮った「タッジオ」と、ずっと芸能界から離れていた中年男性のインタビュー記事の写真を比べる事自体がナンセンスでしょう。



タッジオ役を最後にスクリーンの上から消えた少年は、だからこそ、永遠になりえた。演じた俳優の人生はずっと続いても、美少年タッジオの時間は永遠に止まっているのです。

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