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2010-08-15

虐待児童を救うには?

大阪のマンションで、幼い姉弟が母親に放置され亡くなった事件。


あまりにも痛ましい事件故、マンションの前には献花が絶えず、又、シングルの若者が多いマンションながら、「何故幼い命を救えなかったのか」との思いから、1人の住民女性が発起人となり、この事件について考えてゆく集まりが企画されているとの事で、既に賛同者も集まりつつあるとか。


確かに、もう何をしても二人が生き返ることはありませんが、「何故こうなったのか考える」事はとても大切です。

特にマンション住民の中には、二人の泣き叫ぶ声を聞いたり、ベランダからの悪臭に気づいていた人も居て、何とか出来なかったのかという自責の念に駆られている方も居るそうなので、同じマンションに住む人同士で話し合う事は、大きな意味を持つでしょう。


どうすれば、二人は死なずに済んだのでしょうか?

私達は、この事件から、何を学べばいいのでしょうか?


子どもの泣き声やうめき声などを聞いた人からの通報が数回あったことや、悪臭などのクレームが管理会社に寄せられていた事から、行政がもっと介入できなかったのか、との指摘もありますし、二人を放置した母親自身も、ごみ屋敷と化した自宅でネグレクト(食事の世話をしないなどの育児放棄。虐待の一つにあたる)を受けて育っており、単なる鬼畜母が起こした事件として済ませられない、根深い問題がいくつも垣間見える事件です。



通報を受けた職員は何をしていたんだ、という批判もありますし、確かに対応は後手後手なのですが、配置されている職員の数を鑑みればもう精一杯、手一杯というのが現状ではないでしょうか。夜間などはたった一人で対応していたといいますから、この人たちだけを責めても仕方ない事は明らかです。

又、マンションがオートロックだった事もあり、駆けつけた職員も部屋のすぐ前まで行く事が出来ず、警察も突入する材料を見つけられず、結果、二人を救う事が出来ませんでした。

「近所の人もおせっかいなくらいでいい」

「疑わしければすぐに通報を」

「行政や警察が強制介入できる制度を」

といった声が上がっており、確かにそれは必要なのですが、この「強制的介入」「疑わしきは通報・介入」という動きは、大事だけれども、後々のケアも含めてくれぐれも慎重にして欲しい、というのが私の意見です。

虐待を受けている子どもの親は、親自身の成育歴にも問題があるケースが多く、又、育児ノイローゼや近隣からの孤立など、根深い問題を抱えている場合もあるので、単に子どもを救い出した所で、根本の問題が解決されないと意味が無いからです。

保護した子どもを親元に帰したら、また暴行されて亡くなった、というケースが後を絶たないのも、根本的な解決がなされていないからです。

又、通報するのはいいのですが、それで行政や警察がろくに調べもせず突入し、実際は何事も無かった場合、ごめんなさいですまないケースも出てくるはずで、こういった「間違った通報でクレームになった場合」の対処もきちんと考えておかないと、通報された側にとっては非常に不快なものとなり、母親の育児ストレスを引き起こしてしまう可能性もあるからです。



というのも、私自身が、昔々、子どもがまだ赤ちゃんだった頃、物凄く夜泣きが酷くて、もう何をしても泣き止まず、毎晩毎晩精神的にも体力的にも大変だった時期に、裏の集合住宅の人に虐待を疑われて、辛い思いをした事があるからです。


夜泣き、というのは赤ちゃんにとっては活動の一つですから、オムツも濡れていない、おなかもいっぱいならば、命に関わるような事は無いのですが、母親にとっては大きなストレスになります。

私ももう、毎日くたくたでした。



オムツも濡れていない、おなかもいっぱい、何かを飲ませようとしても飲まない、食べさせようとしてもダメ、おもちゃ、ダメ、テレビ、ダメ、おんぶしてもだっこしてもダメ。もう何しても泣き止まない。

夜はずっと、真夏にも関わらず雨戸を閉めていました。

夫がおんぶして外を歩いてくれたりすると(夜中です)その時は少しマシになるのですが、一晩中外に居るわけにも行かず、家に戻って暫くするとまた泣き出すのです。

それでも健康上は問題なく、日中も楽しく過ごしていたので、時期的なものだろうから気長に付き合うしかないな、と思っていたのですが、ある日の晩、ブザーが鳴り、出ると、裏の集合住宅の男性が「泣き声が」と言って来ました。



ちょうどうちの裏側の窓の向かいにあたるところの住人で、毎日毎日、窓を開けて大音量で演歌のテープを流している人でした。

泣き声がうるさいというクレームだと思ったので謝ったのですが、どうもうだうだとして話を切ろうとしない。

結論は、毎日泣き声が凄いので、住民間で「殴られてるんじゃないか」「通報しよう」みたいな話になっている、というものでした。

物凄くショックでした。

幸い、相手は感情的にはなっておらず、一方的に責めても来なかったので、事情を話しましたがまだ帰ろうとせず、「顔色はいいな」「よく笑うね」なんて言いながら子どもの体を探るように見ている。


痣や傷を探しているのが判ったので、まだ赤ちゃんでしたし服を脱がせ、「どうぞ見てください。痣なんか無いでしょう」と言うと「いやー、うん。わかったわかった」等とぶつぶつ言って、笑いながら帰っていきました。


今の私なら「ふざけるな」と怒り狂ったかもしれませんが、当時はまだ若い新米ママ。

悔しくて情けなくて泣きました!!


夫が帰ってきてから、もうわあわあ泣いて愚痴りました。


次の日、朝から雨戸を閉めていたら、夫は「向こうは子どもの事を心配してくれただけで、悪意があったわけじゃない。ちゃんと話もしたんだし堂々としてろ。今は泣いてないし、暑いから開けるぞ」と、雨戸を開けました。


早朝だと言うのに演歌が大音量で聞こえてきます。


頭にきました。


私が子どもを虐待していたら、あの人は虐待を発見した事になったのでしょうが、何もしていない、むしろ、毎晩の夜泣きで疲れ果て、母親としての自信まで失いかけていた私にとって、あのおじさんの訪問は、気が楽になるどころか、よりいっそう、心が重くなっただけでした。


当時の私に、「子どもを気遣ってくれた」なんて思える余裕はありませんでした。


そうこうしている間にいつの間にか夜泣きは止み、子どもも大きくなり、引っ越して環境も変わり、とうに10年以上経った今ならば、あのおじさんに悪意など無買った事はわかりますし、(むしろいい人だったんでしょう)もっと自分も余裕を持って受け止める事も出来たのでは、なんて思えますが、心身ともに余裕の無い状況で虐待を疑われる、というのは、想像を絶する辛さがありました。


この経験があるから、私は「もっと行政が」「近所の人も」という声を聞くたび、「それはそうですが、くれぐれも母親を追い詰めないで下さいね」とも言いたくなるのです。



私の場合、何かあると夫にすぐ相談できた事や、愚痴をこぼしても理解してくれた事が大きかったのですが、一人で育てていたり、夫が理解してくれなかったら、虐待を疑われた事で、更に精神的に追い詰められていた可能性があったかもしれないからです。


又、人によっては、虐待を疑った人に対して強く憤りクレームをつけ、場合によっては訴訟にまでなる可能性もあります。

虐待を疑った場合、特に付き合いも無い近所の人が、いきなり訪問して問い詰めるのは止めた方がいいのではないでしょうか。


又、行政側も、通報を受けて訪問し、それが間違いだった場合、「間違いでしたか、ごめんなさい」だけではなく、その事で母親が精神的に追い詰められないよう、その後のケアも含め、困った時に相談できる人は居るか等、まずは親の気持ちに寄り添って欲しいと思います。


一生懸命育てているのに虐待を疑われるのはとても傷つく事で、その事で育児に自信をもてなくなったり、精神的に追い詰められる事があるからです。



それには十分に予算を組んでもらい、担当者を増やしてもらう必要がありますね。



話を事件に戻します。


逮捕された母親のお父さんは有名なスポーツコーチだとの事ですが、近所の人の話では、結婚2回離婚2回。家はごみ屋敷で子どもはほったらかし。家庭人としては評価できない人だったようで、この女性も相当荒れた時期があったようです。


幼いわが子をただ放置するだけでなく、ドアに粘着テープを貼って出られないようにしたり、一旦帰宅した際子どもが死んでいるのにまた出かけていって友達と遊びほうけたりと、一連の彼女の行動から伺えるのは、あくまでも個人的な感想なのですが、虐待経験者等にありがちな、感情鈍磨ともいえる一つの症状(状態)です。


これはある種の逃避で、何か問題が起きたり、嫌な事があった場合、それを正面から見据えようとせず、自分の感情を消してしまう事で、「無かった事」にしてしまうのです。

感情が無ければ、傷つく事はありません。悲しいことも、辛い事も、感じなければいいのですから。


彼女は、『子どもの存在そのもの』を『無かった事』にしようとしました。


そうする事で、「子どもを生んだ自分」「そんな自分の人生」もリセット出来ると思ったのでしょうか。


何もかも嫌になったと供述しているようですが、虐待は連鎖する、と言われるように、虐待を受けた人が親になった場合、頑張って育てようと思っていても、この連鎖を断ち切るのは非常に難しく、カウンセリングを受けたり自助グループに参加したりして、懸命に努力し、克服している人が大勢居ると言います。



ただでさえ、子育ては大変な重労働。まだ若く、デキ婚、即離婚のシングルマザーで、しかも子どもは二人。実家にも頼れない。安定した仕事にも就けない。ごみ屋敷でネグレクトを受け、「普通の家庭」を知らない。


どこかで、誰かが気づいていたら。


「こんな制度があるよ」「こんな施設があるよ」と、教えてくれる人が居たら。


もう育てられない、お金が無い、どうしよう、子どもを預かってくれる人が居ない、と、彼女自身が危機感を持ち、誰かに相談できていたら。


「知らない」事は罪なのです。


「知ろうとしない事」も罪です。


思うのですが、赤ちゃんを生んだ時、出生届を出す時等に、「こういったことは虐待です。悩まずここに相談しましょう」「育てられないと悩んだら、ここに相談しましょう」みたいな冊子を、全国統一で作って配布したりするっていうのはどうでしょうか。各都道府県の相談電話、母子寮、養護施設等の電話番号も載せるのです。


また、一般の人向けに、「困っている親や、虐待児かなと疑うケースがあったら、匿名でいいのでここに連絡してください」といったCMを流したり。


そのためにはまた、多くの予算と人手が必要ですが。

しなきゃいかんでしょ?


道路作ったりするよりよっぽど大事な事でしょ?




1歳と3歳の幼い二人は、ゴミの山の中で、寄り添うようにして亡くなっていました。


凄まじい散らかりようで、大人でも身動きの出来ないほどのゴミの量だったといいます。


ベランダも、その窓もゴミの山に埋もれていて、まだ小さな二人は窓を開けて助けを求める事も出来ませんでした。


夜になって真っ暗になっても電気も点けられない。恐怖の極みだったと思います。



暑くて、のどが渇き、空腹も極限。


冷蔵庫の中は空っぽで、辛子、マヨネーズ、めんつゆ、製氷皿の結晶、部屋に放置されたカップラーメンなどの残飯まで綺麗に舐め取った跡があり、3歳のお姉ちゃんは、恐らくそういったものを食べたために食中毒を起こし、弟より先に死んだ可能性が高いと言われています。


どんなに苦しかったでしょう。



毎晩聞こえていた尋常ではない泣き声。


うめき声を聞いた人も居たといいます。


通報した人、駆けつけた担当者も居ましたが、結果的には誰も二人を救えず、1歳と3歳の子が、恐怖と絶望と極限の苦しみの中、ゴミの中で亡くなったのです。


母親は、今どんな気持ちで居るのでしょうか。


彼女が感情を取り戻し、二人の痛みを想像できる日が、心から自分のした事を悔いる日は来るのでしょうか。


そして私達には、何が出来るのでしょうか?



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