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2010-09-29

ともだち風味と本物の小説家。

私はモノや人に対する「嗅覚」というものには、生意気ながら、そこそこの自信を持っていて、前々からどうも「ともだち風味」(20世紀少年から取った私の造語です・笑)を感じて仕方無かった本があり、当然そんな本を買うわけもなく、図書館で順番が回ってくるのを待っていて、やっとこさ回ってきたので読み始めた次第。

かたつむり。
食堂かたつむり。



。。。。やっぱり。


テレビで取り上げられて、あれよあれよとものすごい勢いで売れている(らしい)この本。映画化もされている。しかしアマゾン等の書評は散々。何故? 何故マスコミでもてはやされ売れてている(事になっている)のに書評は散々なのか。読んで納得。これ、文学じゃない。小説じゃない。じゃあ何なのか。何なのかよくわからない(爆)。


作者の小川糸さんはメディアへの露出も多い。お料理のレシピ本なんかも出されており売れに売れている(事にななっている)。


以前、ある新聞社のサイトでインタビューを読んだのですが、元々文筆の仕事に憧れ、様々な文学賞に応募し続けるも全く芽が出ず、この「食堂かたつむり」も、某文学賞に応募したもの。大賞は逃してしまったが、編集者がその才能を見出し、書き直させて出版した所大ブレーク。苦節10年という事になっていました。


でも実際には、この方は音楽業界では有名な方の奥様で、この「かたつむり」を書くずっと前から、雑誌にいくつかの小説を発表したり(雑誌に小説を発表するなんて、素人にはものすごくハードルの高い事のはずですが、この経緯については何故か不明・笑)、作詞まで手掛けている。恐らく文学賞への応募も売り出す為のストーリー作りの一環で、これを「苦節10年」とは言わないでしょう。


今ちょうと半分まで読んだけど。。。。既にギブアップ。文章も稚拙だし、ストーリーもご都合主義過ぎて退屈極まりない。「カントリー風のおうちの一階をカフェとして開放している美人オーナー」なんだけど、よく見れば床はすのこだし、おうちの裏はゴミだらけだし、みたいな。


方向性としては、栗原はるみさんのようになりたいのかな、みたいな野心も感じられますので、小説も「なりたいあたし」への足がかりに過ぎないのかもしれません。業界に首を突っ込んでいる「奥様」が、色々人脈をお持ちの旦那サマに後押ししてもらって頑張ってます、みたいな。



野心、という言葉を出しましたが、「書く」行為というのは随分血なまぐさい、自我の塊の作業だと私は思っています。そして、小説家といわれる人達は、皆自分がそういう人間だ、という事をよく自覚しているように思います。自覚するという事は、「ことば」に対して謙虚であるという事です。どんな淡々とした文学作品だろうが、過激な官能小説だろうが、児童文学だろうが、その人の息使い、書くことに対する真摯な情熱、ことばに対する謙虚さというものが見え隠れするものなのですが、この作品にはそれがありません。とにかく読んでいてイライラするような「違和感」が終始あり、それはひとえに、(レビューで書いている人も多いのですが)、ふとした所で露見する「下品さ」と、言葉に対する無頓着さ、高慢さにあるのではないかと思いました。




あと半分残ってるけど。。。サクサク読める(心が震える事が全く無い)し、とりあえずラストまでは読んでみようとは思いますが、多分、後に何も残らないと思う。文体が好みじゃないとか、興味無いジャンルという本はあるけど、あざとさや不快感を感じる本ってのは久々。本好きは読んでて腹のたつ本だと思います。



昔、吉田拓郎さんの歌で(題名は忘れた)「自然に生きてるってわかるなんて、なんて不自然なんだろう」って歌詞があり、いたく共感したんですが、それを思い出しました。



あ!


いえ、冒頭で「これは文学じゃない。小説じゃない。じゃあ何なのか。何なのかよくわからない(爆)」と書きましたが、あれだ! これ、あれだわ、タレント本!!




それなら納得。




さて、これじゃあんまりなので、最後に正真正銘の作家の、正真正銘の「小説」をご紹介。


集英社の「レンザブロー」という小説サイトで、もう最終回となっている、坂東眞砂子さんの「鏡村通信」。私小説、となっており、主人公の作家「私」が、外国から移り住んだ鏡村での、土地を巡る地元の人達との壮絶な軋轢を乗り越えていくお話なのですが、これが本当に面白い。坂東さんにとっては大変な事で、面白い、というのは不謹慎かと思いますが、小説とはこういうものだと思います。


鏡村は実在する場所ですし、実際にお住まいの場所。私小説、とありますが、全てノンフィクションだとしたら、村の人々の嫌がらせなんかも肩書き込みでリアルに描かれており、凄いの一言です。フィクションだとしても、クレームもあったんじゃないでしょうか。諸事情があるのか、残念ながら最終回しか読めなくなってしまっていて(それまでは全話読めていた)、初めて読む人にはちんぷんかんぷんだと思いますが、淡々とした文章で「読ませる」のは流石です。



書く作業には覚悟が必要です。上手いといわれる作家には皆この覚悟と、言葉に対する謙虚さがあります。今や押しも押されぬ人気作家の岩井志麻子さんも、上手い作家の一人です。離婚し、お子様の親権も持てず、作家としてやっていける目途も何もなく、正に体一つで上京された時の心境について、あるエッセイで「私には書く事しか無かった」と書いておられました。岩井さんは「ぼっけえきょうてえ」でホラー小説大賞を受賞して世に出ますが、この「ぼっけえきょうてえ」は、正に、岩井さんが、ご家庭が崩壊してゆき、愛するお子さんを手放さねばならなくなった状況の中、心の底でわあわあ泣き叫びながら、それでも書く事だけは手放さないと腹をくくって書いた小説なのです。それだけの覚悟と情熱と謙虚さを持って言葉を紡ぐからこそ、人は心を打たれ、感動するのです。


作家自身がどれだけ傲慢な生き方をしようが、何を着ようが、そんなことはどうでもいいのです。大切なのは言葉に対する謙虚さと、書き続ける事への覚悟です。それのない本を小説とは言いません。






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コメント

Re: No title

佐知子さんこんにちは! ご訪問ありがとうございます。

正に。。。おっしゃる通りでございます!! 
書く事、というのは自分と真正面から向き合う真摯なものだと思います。

読者もいいものを吟味していかねばならないですね。

No title

お久しぶりです。

私はその本を読んでいないのですが、リカさんのその作品への違和感がひしひしと伝わってきます。

どんなに拙い文章であったとしても、文章を書くというのは、どうしても書かずにはいられない、やむにやまれないものがあるものだと思っています。

おそらく、その気持ちを感じられない作品なのかなと思いました。

プロの作家として本を書くのではなくて、ブログを書くだけであっても、やはり書かずにはいられない情動に突き動かされて書くものだと思うんです。
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